フリーで活躍したプロレスラー、吉江豊さんが10日に50歳で死去した。全日本プロレス高崎大会に出場後、容体が急変。救急搬送され、高崎市内の病院で帰らぬ人となった。
新日本プロレス時代から親交の深い西村修(52=文京区議会議員)は、全日本プロレスの和田京平名誉レフェリーから訃報を聞き「残念です。早すぎです」と声を絞り出した。吉江さんは新日本の後輩にあたるが「『無我』では迷惑をかけたが、親友だった」といい、新日本時代から三沢威トレーナーや中邑真輔(現WWE)と定期的に会合を開き、会っていたという。
さらには「本当に初めて話すが、『無我』の復活という話もしていた。前橋市議会(議員)に出ると相談も受けていた」。西村と吉江さんは2006年8月のプレ旗揚げから「無我ワールド・プロレスリング」に参戦していた。西村は07年10月には「無我」を退団。吉江さんは「無我」が改称した「ドラディション」に残り、エースとして活躍した。そうした経緯もあって、「無我」の復活を検討していたが、志半ばで戦友を失った。
「私は普段、輪廻転生とかガンジス川とか言っていますが、死んでしまったら終わり。残念としか言いようがない」と、かけがいのない親友を追悼した。












