【達川光男 人生珍プレー好プレー(1)】数多いプロ野球経験者の中でも「グラウンドの詐欺師」と呼ばれたのはこの人だけだろう。在籍した県立広島商高、東洋大、広島カープの全てで優勝を経験し、捕手としてベストナインとゴールデン・グラブ賞に各3度も輝いた達川光男氏(68)だ。「オファーが来るのを待っていた」という当コーナーで現役時代を中心に笑いあり、涙ありの野球人生を振り返る。

 皆さん、こんにちは。ご紹介にあずかりました達川です。広島で一緒にプレーした森脇浩司からバトンを受けて、連載をさせてもらうことになりました。よろしゅうお願いします。

 達川と聞いてパッと思い浮かぶのは、やっぱり「珍プレー」でしょう。体に当たるか当たらないかの内角球をひらりとよけながら「当たった、当たった」と球審にアピールしたり、試合中のグラウンドで落としたコンタクトレンズを選手総出で捜すシーンは、私の現役時代を知らないような若い人たちも一度は見たことがあるのではないでしょうか。

 ついた異名は「グラウンドの詐欺師」。ずいぶんなものですが、おかげで警察からお仕事までいただきましたよ。「グラウンドの詐欺師が詐欺を防ぐ」というコンセプトで、特殊詐欺の被害を防ぐための啓発活動に協力させてもらいましてね。昨年2月には地元の広島西署から感謝状までいただきました。

 まずは球審への“死球アピール”の話からさせてもらいましょうかね。1983年からオフにフジテレビで放送されていた「プロ野球珍プレー・好プレー大賞」で扱ってもらってからスタンドのお客さんにも期待されるようになり、旧広島市民球場をザワつかせたものです。

 マジメなこと言うと、ああやってアピールするようになったのにはキッカケがあって、それを機に私はアマチュアとプロの野球に対する姿勢の違いというのを真剣に考えるようになったんです。

 あれはプロ5年目の82年7月4日、本拠地での中日戦でした。3―3の8回二死満塁で2つ年下の長内孝が代打で起用されたときのことです。

 相手バッテリーは8回途中から2番手で登板した牛島和彦と中尾孝義。カウントまで覚えていませんけど、牛島の投じた内角低めへのボールが長内の右すねをかすめたんです。当てられた長内は一塁へと歩きかけたんですが、中尾が何事もなかったように捕球したから球審は「ボール」とコール。もちろん中尾が「当たっていました」と言うわけありません。長内はけげんな顔をしながら打席に戻り、結果は三振に倒れて勝ち越しのチャンスを逃しました。

 これに古葉竹識監督が烈火のごとく怒りましてね。悔しそうな顔でベンチに戻った長内に「当たったんじゃないのか?」と尋ね「当たりました」と答えた瞬間に「なんでアピールせんのや!」って。そりゃあもう、ベンチが凍りつくぐらい怖かったですよ。

 県立広島商高、東洋大とアマチュア時代に「審判は絶対だ」と教わってきた私の意識が変わったのは、この瞬間でした。