元広島投手で野球解説者の池谷公二郎氏が16日、広島テレビ「テレビ派」に出演。この日、広島市内の病院で死去した元広島投手で野球解説者の北別府学さん(享年65)を追悼した。
池谷氏は訃報に「いや、びっくりしましたね。病気と闘ってたのは知ってましたけど、野球で鍛えた強い体がありましたから、復帰してくれると信じてました」と悲痛な表情。
続けて「私、ウォーキングの時、北別府さんもウォーキングしてましたから、よく太田川の放水路ですれ違ったんですよ。そういうことがありましたから、今年の年賀状に『太田川放水路でまたすれ違うのを楽しみにしているよ』って書いたのを覚えてるんですよ。元気になると思ってましたからね。ちょっと残念ですね」と悔やんだ。
広島ではエースとして大車輪の活躍を見せた北別府さんだが、池谷氏は「野球に対する執念というのはすごいものを持ってましたね。登板する試合は勝つんだと。登板してマウンドで打たれるとね、インコースインコースでしつこく投げに行くんですよ。それだけのコントロールを持ってましたし、本当に素晴らしいピッチャーだと思います」とたたえた。
その上で「北別府―達川(光男)のバッテリーだとね、2ストライク2ボールからウエストするんですよ。それを平気でするんですよ。普通3ボール2ストライクにしたくないじゃないですか? この2人のバッテリーはそれを平気でできた。それで3ボール2ストライクから、勝負に行けるだけのコントロールを持ってるピッチャーでしたね」と思い出を振り返った。
北別府さんが通算200勝を達成した1992年はコーチと選手という間柄でもあったが、「200勝に対する執念がすごくて。後ろでピッチングを見てますとスライダーが(2本の指を少し広げ)このぐらいしか曲がらないんですよ。それでもバッターを打ち取るんです。勝つための執念はすごいもんだなと思って感心しました。それだけに200勝をするということが大変だったんだと思いますね」と回想していた。













