1970年代後半から広島のエースとして活躍し、現役通算213勝の北別府学さんが16日、療養先の広島市内の病院で死去した。65歳だった。元チームメートで、ヘッドコーチと選手の間柄でもあったOBで本紙専属評論家の大下剛史氏は故人をしのぶとともに「若いころから信念を持って我が道を行くタイプだった。まさに孤高のエース。初優勝した1975年のドラフト1位で、カープの黄金期は北別府とともにあった」と当時を振り返った。

 入団時から印象的だったのは「赤いほっぺと、若者らしからぬ落ち着き払った投球」だという。「とにかくぺー(北別府さん)は自分のペースを崩さない。後ろで守っていて〝はよう投げ〟とせっついても、どこ吹く風だった」。制球力の良さは「精密機械」にたとえられ、プロ3年目の78年から88年まで11年連続で2桁勝利を挙げるなどコンスタントに成績を残し続けられたのは、マイペースのたまものだったのかもしれない。

 投球フォームについても大下氏は「躍動感のあるフォームがダンスなら、ぺーのそれは日本舞踊のようだった」と評した。