新日本プロレスの〝100年に一人の逸材〟棚橋弘至(47)が、23日付で新社長に就任したことが発表された。同団体の選手兼社長はアントニオ猪木さん、坂口征二氏、藤波辰爾に次いで史上4人目となる。

 就任に至る経緯は現段階で「経営体制の変更」としか説明されておらず、詳細については26日の記者会見で明かされるはずだ。年間の全興行日程終了翌日の社長就任発表はまさに青天のへきれきで、「棚橋社長」の響きを意外に感じたファンも多かったのではないだろうか。

 しかし、約6年前に棚橋から新日本プロレス社長職への思いを聞いたことがあった。それは2017年末のこと。前年の16年1月4日東京ドーム大会でオカダ・カズチカに敗れて以降の棚橋は、17年6月に右腕、12月に右ヒザを負傷しシリーズを欠場するなど満身創痍だった。

 そんな時期、棚橋が明かしていたのは具体的な引退時期だ。それは2020年1・4東京ドームで引退を発表し、ラストイヤーとして1年間を戦った末に、翌21年の1・4ドームで引退するというもの。そして引退後は経営側として団体を支えるため、フロントに転身する方向性を見据えていた。「最終的には社長ですよ。夢あるでしょ?」と語った当時の棚橋は、経営に関する本も数多く読んでいた記憶がある。

 しかし、さすがはエースと言うべきか、ここから棚橋はレスラーとして大復活を遂げる。18年にG1クライマックスを制すると、19年の1月4日東京ドーム大会ではケニー・オメガを撃破し8度目のIWGPヘビー級王座戴冠。ファンの声援にも後押しされ、引退の決意は覆った。

 棚橋は当時の取材に「ケガもあって本来の動きができずに、上を目指せないんじゃないかっていう…半分諦めだったりとか。今思うとマイナスの選択肢だったのかもしれないですね」と振り返っていた。

 あれから6年の月日がたち、棚橋は引退を待たずして選手兼社長という形でその夢をかなえることとなった。近年のプロレス界ではかつてと違い、経営は〝背広組〟に一任するケースが圧倒的に多かったが、新たな展開が生まれた格好だ。

 くしくも今年の1月4日東京ドーム大会後には、オカダが選手兼社長への思いを告白。「逆に、またレスラー目線も大事な時になってきたのかなって。今はビジネス目線になりすぎてしまっている部分もあると思うんですよ」と、レスラーが経営に関わるメリットを熱弁している。

 レスラーとして新日本プロレスを「暗黒時代」から救った棚橋が、コロナ禍から立ち直りつつある団体を社長としてどう導くのか。決して平たんな道のりにはならないだろうが、個人的には大いに期待している。