西武は22日にベルーナドームに隣接する球団施設で、メディアとの懇親を目的とした「年納めの会」を開いた。
奥村剛球団社長(56)によるあいさつでは、WBCで侍ジャパンの世界一奪還に貢献した源田の活躍、声出し応援の解禁でアフターコロナへの道筋が見えた今季を振り返りながら、球団創設45周年の節目にチームが5位に終わったことへの謝意も示した。
その上で高橋、今井、平良、隅田の〝先発40勝カルテット〟を中心とした投手のドラフトの成功や炭谷の西武復帰、大物新外国人選手の獲得など、来季に向けた体制作りも進められている。「今から伸びしろばかりで、大いに期待できるシーズン。どうか2024年シーズンも新たな西武ライオンズ、その中で躍動する選手に期待していただければ幸いです」と19年以来となるV奪回を宣言した。
一方で、FA宣言から1か月以上に及んだ山川穂高内野手(32)の移籍そのものが決着したことに関係者の間には安堵感が広がった。ただ〝前看板選手〟となった山川のイメージ低下に対して後悔の念も聞かれた。
関係者の一人は「もし、あの〝宣言文〟の添削を(球団に)任せてもらえていたら、あそこまで批判されることはなかったかもしれない。そこだけが心残り」とポツリ。
山川の移籍騒動はFA権を行使できる期限ギリギリの11月14日に、代理人が書類を提出してきたことから始まった。同時に球団経由でメディアに一斉送信された〝宣言コメント〟はネット上で「戒めのFA」「怪文書」とやゆされ、その独自の理論がライオンズを中心とした野球ファンの間で激しい批判の対象となってしまった。
一連の不祥事の事後処理や謹慎、公式戦出場停止処分の過程で球団側との意思疎通を断ち、独自の判断で〝宣言文〟を提出した山川。添削や校正の依頼がない以上、球団はそのまま発表するしかなかった。
本来ならば代理人やブレーンらがクライアントである山川のイメージを守るべき立場にあるが、山川は嵐の中に立たされたまま。そうした姿を見守るしかなかった西武関係者も思うところがあったようだ。












