不世出の野球人だった。巨人・松田宣浩内野手(40)が今季限りでの現役引退を表明した。プロ18年目の今季から巨人でプレーし、尊敬するソフトバンク・王貞治球団会長と同じ40歳を区切りに第一線から退く決断を下した。幼少期から巨人ファンで、ミスタープロ野球・長嶋茂雄のような華のある選手を標榜し、通算1832安打、301本塁打、991打点。日の丸への強い誇りを胸にWBCには2度出場し、ソフトバンクでは常勝軍団の中心選手として7度の日本一に輝いた。
組織で生きる人間としては、周囲への気遣いがすぎる男だった。そこに柳田悠岐らソフトバンク時代の後輩たちが強い尊敬の念を抱き、新天地・巨人でも有形無形の財産を残すと確信していた。
知られざる真実がある――。球界随一のムードメーカーで、愛称は「熱男」。転機は2011年オフにメジャーに挑戦した川崎宗則から直々に後継指名を受けたことだった。「ムネさんに『オレがやってきた役割をマッチに継いでほしい』と言ってもらった。尊敬する先輩に託されて、その時はすごくうれしかった。そら、もちろん『はい!』と即答したよ」。今につながるキャラクターの確立。ここまではよく知られたエピソードだが、熱男の真実というべきアナザーストーリーは〝その後〟だった。
川崎の偉大さに改めて気づき、一時も休めない〝真のムードメーカー〟の負担の大きさを痛感したからだ。強い組織で物事がスムーズにうまく回るために不可欠な存在。多方面に気を配り、自分のことは二の次という役回りだった。ベンチ内外のムードづくりを一手に引き受ける。ロボットではなく、生身の人間。打てなかったり、ミスをした時ほど心は痛み、疲弊した。柳田、今宮、中村晃ら存在意義を認めて慕ってくれる仲間たちがいたから戦えた。
松田は熱男の真実を自らこう明かす。「やると決めて、それをやり切るには相当の覚悟がいる。誰かに託すものではないと思った。喜んでムネさんから引き受けて、いろいろ悟ってやってきた自分だからこそ、そう思っている。だから『俺の後を継いでくれ』とは言わない。熱男は一代限りで終わり」。ソフトバンクを退団する際、川崎から受け取ったバトンをあえて封印した理由だった。
故障離脱を除き、レギュラーをつかんだ08年から22年9月の戦力外を通達される日まで、試合前のアーリーワークを一日も欠かさなかった。自宅に帰れば、最大の理解者である妻・恵理さんと一緒に映像を見返した。夫婦の会話の9割以上が野球の話だった。就寝中、寝言でチームメートに謝罪することもあったという。「ずっと重圧を感じていたんだと思います」(恵理さん)。夢の中でも戦っていた。熱男の仮面を脱いだ物静かな〝素の松田宣浩〟は、家の玄関をまたぐ瞬間にスイッチを入れて出陣していた。プレー以外での重い使命を背負いつつ努力を重ねて残した生涯成績は、多方面で人よりも歯を食いしばった分、価値がある。
松田が一軍から姿を消した昨秋から、くしくもホークスは終盤戦で苦い戦いを繰り返している。代えの利かない存在だったことを仲間たちは今、改めて痛感している。ただ、そこを強く再認識したことは常勝復活の一歩でもある。球団を去った今もなお、その影響力は絶大だ。












