【平成球界裏面史 長嶋巨人乱闘編】記者が巨人担当として現場取材をしていたころ、実際に目にした数ある乱闘劇のなかで、個人的に印象深いのが「堀内メガネ破損&ユニホームビリビリ乱闘劇」だ。
平成5年(1993年)9月19日、東京ドームで行われた巨人―ヤクルト戦は、試合前から不穏な空気が流れていた。ピリピリしていたのは巨人・堀内恒夫投手コーチ。前日18日の同カードでマウンドに行った際、ヤクルト・金森栄治に「おい! 堀内!」と、相手ベンチからヤジられたそうで「相手のコーチをヤジるなんてもってのほか」と怒りをあらわにしていた。
その後、試合が始まると、金森が8回に代打で登場した。巨人のマウンドには橋本清。金森にとって橋本はPL学園の後輩だったが、初球、金森の背後を通過するとんでもないボールとなった。橋本は帽子をとって謝罪の意を示すも、険しい表情でマウンドに歩み寄る金森。しかし、一直線に橋本に向かうわけでもなく、やがて一塁側の巨人ベンチのほうを見て歩を止めた。当時の映像を見返してみても、まるで誰かが出てくるのを待っているかのように…。
その後、両軍ベンチから全選手が飛び出し、マウンド付近でもみあいに。輪の中心にいたのは堀内コーチ。メガネをネジ曲げられて叩き落とされ、ユニホームはビリビリに引き裂かれていた。まさに狙いうちの集中攻撃といった感じ。輪がとけたとき、一人だけボロボロになっていたのが印象的だった。
試合後、橋本の問題の一球について、ヤクルト・野村克也監督が「どう見ても故意」としたのに対し、巨人・長嶋茂雄監督は「すっぽ抜けただけ」と説明したが、当時のプロ野球界では報復目的で投手が危険なボールを投げることは確かにあり「(危険球の)サインは実際にありました」との証言も複数ケースの取材で耳にしたことがある。意図的に投げたことに、まず間違いはないだろう。
お互いに「ある」と分かっているからこそ「やりやがった」となる。金森はヤジへの報復として、堀内コーチが橋本に指示をしたと直感。ならば、その報復に堀内コーチをおびき出し、やっつけてしまえ! という流れだ。
もし、あの試合で金森が代打で登場した場面が、直系の後輩・橋本でなかったら…。背後を通過するボールではなく、思い切りぶつけられて、もっとひどい大乱闘になっていたかもしれない。
たいていの乱闘劇には「伏線」がある。今の時代は選手同士が球団の垣根を越えて仲良くなったり、コンプライアンス的な問題もあるなどして、めっきり乱闘劇もなくなってしまったが…。試合前に「今日は乱闘あるから覚悟しとけよ」と先輩記者に言われ、妙な高ぶりを覚えたあの時代のプロ野球も、それはそれで面白かった。
















