【プロレス蔵出し写真館】3月28日に亡くなった世界的な音楽家の坂本龍一さんは故高橋幸宏さん、細野晴臣とともに音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーとしても活躍した。ニュースやワイドショーは代表作として「ライディーン」を挙げたことに「あれは高橋さんの作曲」と憤りを感じているファンもいるという。

 年配のプロレスファンは「ライディーン」を聞き、「あぁ、リッキー・スティンボートのテーマ曲だったな」と思い起こす人が多かった。

〝南海の黒豹〟リッキー・スティンボートは、「まだ見ぬ強豪」として1980年11月に全日本プロレスに初来日。翌81年のジミー・スヌーカとの抗争、ミル・マスカラスと好勝負を演じたことでファンに認知された。

 リッキーには個人的な思い入れがある。84年2月にジャンボ鶴田がAWA世界ヘビー級王座を奪取して、海外で防衛戦を行うためジャイアント馬場、天龍源一郎に伴われ渡米したときのこと、天龍は同行取材した私にアドバイスをくれた。「せっかくアメリカまで来たんだから本場のプロレスも見た方がいいよ」。そう言うと、当時ミッドアトランティック地区で活躍していたザ・グレート・カブキに電話を入れてくれた。カブキは「(ノースカロライナ州)グリーンズボロで試合あるけど、来る?」。トントン拍子に取材の手配が完了した。

 そのグリーンズボロ(3月17日)のメインイベントが、当時ドル箱だったカード。リック・フレアーにリッキーが挑戦したNWA世界ヘビー級選手権だった。試合は60分時間切れで引き分けに終わったが、時間切れ寸前にリッキーがダイビングボディーアタックを決めフォール。カウント2が入ったところでタイムアップのゴングが鳴った。レフェリーがダウンしているフレアーの体にベルトを置くと、館内は大ブーイング。起き上がったフレアーがリッキーにベルトを渡す格好をすると、大歓声がこだました。

 さて、リッキーが爆発的とはいえないまでも、日本で人気だったのは、人なつこい笑顔とその風貌にある。リッキーの母は日本人で旧姓、伊藤孝子さん。孝子さんは50年に渡米して以来、一度も帰国しておらず肉親とは音信が途絶えたままだった。リッキーは母の思いをかなえるため、84年2月に来日した際に、東スポと日本テレビに肉親捜しを依頼した。

34年ぶりの再会を果たした母・孝子さんと叔父・友武さん、龍平さん(右端)を見つめるリッキー(84年10月、成田空港)
34年ぶりの再会を果たした母・孝子さんと叔父・友武さん、龍平さん(右端)を見つめるリッキー(84年10月、成田空港)

 すると、「たまたまタイトルマッチがあるというので、プロレス中継を見ていたんです。そしたらアナウンサーから、なんと自分の名前が出るじゃありませんか。もうビックリして…」。母の兄弟、リッキーにとって叔父の友武さんがテレビを見ていたのだ。リッキーは叔父の友武さん、龍平さん2人と全日事務所で対面。10月の来日が決まると、母と叔父の再会を計画。母を帯同して来日した。

 そして10月10日、34年ぶりの再会が成田の新東京国際空港で実現した。「僕にとっても、今日は人生最良の日だ」。この上ない親孝行ができたリッキーも興奮は隠せないでいた。この後、4人は車で千葉・鎌ヶ谷市の友武さん宅へ向かい、孝子さんの母、リッキーにとっては祖母にあたる伊藤好江さんとも再会を果たしたのだった。

 ところで、リッキーはWWF(現WWE)参戦後、「家族と過ごす時間が欲しい」と88年春に離脱。

 そのリッキーを、経営していたノースカロライナ州シャーロッテの「ミッドアトランティック・ジム」に訪ねたのは同年11月3日のこと。1歳5か月だという愛息を抱いたバーニー夫人も歓迎してくれた(写真)。このときの愛息が09年1月にNOAHにプロレス留学するリッキー・スティンボートJr.ことリチャード君だったことが懐かしく思い出される。

「充電期間は年内で終了。来年からWCWで復帰する」と語ったリッキーは、翌89年2月20日、イリノイ州シカゴでフレアーを破り、念願のNWA世界王座を奪取した。

 その後、新日本プロレスへも参戦して「アントニオ猪木メモリアル・フェスティバルIN横浜アリーナ」でグレート・ムタとも対戦。WCWとWWF、そして日本マットでも重宝されたリッキーは、09年にWWE殿堂入り。4月4日、テキサス州ヒューストンでの授賞式では、長年のライバルだったフレアーがインダクター(授賞式での紹介者)を務めたのも感慨深い。

脚線美を披露するバーニー夫人(左)とホーク・ウォリアー夫人(89年3月、日本武道館)
脚線美を披露するバーニー夫人(左)とホーク・ウォリアー夫人(89年3月、日本武道館)

 ちなみに新日本での入場テーマ曲はYMOの「東風(Tong Poo)」。YMOのテクノポップはリッキーに絶妙にマッチしていた(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る