【プロレス蔵出し写真館】ABEMA専属PPVファイターとなった元K-1の3階級制覇王者・武尊の契約内容が話題となっている。配信大会は1試合で最低1億円が保証され、PPV売上金から報奨金も支払われるという。

 さて、プロレスで1億円で思い出されるのは、今から29年前の1994(平成6年)2月15日、新横浜グレイスホテルでUWFインターナショナルが行った「’94プロレスリング・ワールドトーナメント」開催会見だ。

 会見場のテーブルには現金1億円と特別招待枠の主要5団体のエース、全日本プロレスの三沢光晴、新日本プロレスの橋本真也、パンクラスの船木誠勝、リングスの前田日明、WARの天龍源一郎への招待状が置かれていた(写真)。両サイドには警備員が立ち、目を光らせていた。

 安生洋二、鈴木健取締役と会見に出席した宮戸優光は「スケジュールに問題があれば、2回戦からの出場でもいい。できるだけのファイトマネーを出した上に、優勝賞金1億円を出します。2年おきに開催を予定している」と話した。

 この、根回しもなく挑発とも取れる一方的な行動に、反応を示したのは前田だけ。前田はリングス対Uインターの団体対抗戦を提案した。

リングス前田に呼びかけた高田(94年2月、日本武道館)
リングス前田に呼びかけた高田(94年2月、日本武道館)

 2月25日に日本武道館で94年の第1戦を行い、ゲーリー・オブライト&ダン・スバーン組とのダブルバウトに勝利した高田延彦は「7対7とか、ごちゃごちゃ言わんと、トーナメント1回戦で待ってます」とインタビューに答え、超満員の観客は大歓声。控室でも「前田さんと一騎打ち。いつでもやります」と断言した。

 しかし、交渉は平行線でまとまらず、結局、トーナメントに招待選手は誰も参戦しなかった。

 4月3日、トーナメント1回戦が行われた大阪城ホールで安生は「前田さんは前のUWFで終った人。今なら200%勝てる。俺よりも弱い人が、格好つけていろいろ言うのはやめてほしい」と挑発。告訴騒動に発展する。

「実現したら決勝は高田 vs 前田になると思っていた。その場合、東京ドームでできるから、負けても1億円ぐらい払える。でも、高田さんが当然、勝つから大儲けのはずだった」と後年、鈴木取締役は明かしている。

会見を終え1億円をしまう宮戸、安生、鈴木取締役(94年2月、新横浜)
会見を終え1億円をしまう宮戸、安生、鈴木取締役(94年2月、新横浜)

 ところで、92年にUインターの最高顧問だった〝鉄人〟ルー・テーズが8月19日に会見し、新日、全日、WWF(現WWE)、WCWの日米4団体に世界タイトル統一を呼びかけた。NWA世界ヘビー級王者の蝶野正洋が「週刊ゴング」のインタビューで「高田さんとやりたい」と呼応。10月26日、鈴木取締役はテーズを伴って新日事務所にアポなし訪問し、要望書を手渡した。

 その後、新日から公開会談の提案を受け、11月6日に宮戸、安生、鈴木取締役は高田の白紙委任状を手に交渉に臨み(交渉は非公開になった)、2時間半に及ぶ話し合いは決裂。長州力は「Uインターの3人が統一見解を取れずに、長い時間がかかってしまった。もし高田社長が一人なら決まっていたかもしれない」と待ち受けたマスコミに語った。

 前代未聞だったのは、3日後の9日にUインターが会見して交渉内容を暴露したこと。そこで明かされた新日本の条件は――。

・Uインターから高田、山崎一夫、他2人。新日から長州、マサ斎藤、他2人の計8選手によるバトルロイヤルを12月31日、巌流島で行い、この勝者が翌1月4日、東京ドームで蝶野と対戦する。

・リスク料として(Uインターは新日に)3000万円支払う

 会見を受け新日は、6日に終わったことと一蹴。公開された2条件もその通りだったと認め、「(条件公開は)ルール違反だ。約束が守れず信用ができない団体とは同じリングの上に立つことはできない」と坂口征二社長は絶縁宣言した。

 1億円トーナメントに新日の招待選手が参加する可能性は、はなからなかったのだ。とはいえ、高田を〝最強〟にすべく奔走したUインターのフロントの一枚岩が95年に崩壊。まさかの団体対抗戦が実現することとなる(敬称略)。