新日本プロレスの棚橋弘至(46)が、21日のノア東京ドーム大会で引退試合を行うかつての師匠・武藤敬司(60)への思いを激白した。若手時代に付け人を務めたスーパースターのラストマッチを目前に控える18日(日本時間19日)の米サンノゼ大会では、IWGP世界ヘビー級王者オカダ・カズチカ(35)への挑戦が決定。棚橋の胸に去来するのは、2009年1月4日東京ドームでIWGPヘビー級王座戦を戦った武藤の姿だ。

 テレビの中のスーパースター、武藤との初対面は大学生1年生の時だった。京都府立体育館のトレーニングルームで写真を撮ってもらった憧れのレスラーは、1999年4月の新日本入門を境に尊敬する先輩になった。若手時代に付け人を務めた武藤から学んだのは「スター学」だと棚橋は明かす。「ファンが握手を求めてきたら『1回付け人のお前が断れ』と。僕が『すみません、今ちょっとプライベートなんで…』って断ると、武藤さんが『いいよ、いいよ』と言う。やべー、武藤敬司、超いい人ってなるんですよ。うわあ、スターだなって」

 2002年1月に武藤が全日本プロレスに移籍する際には、誘いを受けたが断った。「『俺は陽のレスラーが欲しいんだよ。あとのヤツ暗いだろ?』って言われて。すごい光栄でしたよ。将来性を買ってもらってたんだと思うんですけど『すみません、僕は新日本プロレスが好きなので、残ります』と。あの時、武藤さんについて行っていたら、新日本の棚橋はいないわけですから…どうなってたんでしょうね。想像したこともないです」

 後に棚橋はエースへと成長を遂げ、団体を〝暗黒時代〟から再建する。ある意味でプロレス史の大きな分岐点だったと言える。

 たもとを分かった師弟は09年1月4日、東京ドームで戦うことになる。外敵王者・武藤のIWGPヘビー級王座に挑戦。入場時の棚橋の目には光るものがあった。「入門したときに『ファンの気持ちは捨てろ』と言われたんですけど…捨てきれなかったというか。テレビで応援してて、雑誌を読みあさって、付け人までやった武藤敬司とシングルで東京ドームのメインとなったら『マジか!』って。ゴングが鳴るまでスイッチが入らなかったですね」

 それでも棚橋は見事に師匠超えを果たし、団体の至宝を奪回した。試合後に武藤はプロレスを駅伝になぞらえ「後はタスキを棚橋に渡す」とコメントを残した。結果的にこの時渡されたタスキは、IWGPのベルトだけでなく後のプロレス界の主役の座でもあった。「当時厳しかった新日本を外敵王者として盛り上げてくれたのは武藤さん。バトンを渡されて重みは感じましたね…僕もいつの間にか渡しちゃったのかなと思うんですけど」と苦笑する。

 武藤が引退を直前に控える中、棚橋はIWGP世界王者・オカダへの挑戦が決定した。くしくも現在の棚橋は46歳。「当時の武藤さんの年齢が、ちょうど今の僕の年齢なんですよ。だからね、まだ老け込むには早いってことを、武藤さんとの戦いを思い出すと感じますよね。まあ、武藤さんが60で引退するなら、僕は61歳までやろうかな。最後まで武藤超えを狙います」と、14年前に業界最高峰のIWGP王者に君臨していた武藤の姿と自身を重ねている。

 武藤は引退試合で棚橋の後輩である内藤哲也と対戦する。「そこにノスタルジーを求めないのが武藤さんらしいですよね。今が旬のレスラーと戦いたいっていうのは、武藤さんだなって」と分析し「武藤敬司は最後の最後まで武藤敬司でいてください」とエール。タスキを託された者として、最後の試合をIWGP世界王者として師匠を見送るために、米サンノゼ決戦へと向かう。