世代交代の過渡期でもあるソフトバンクで、若鷹を情熱あふれる指導で育て上げているのが小久保裕紀二軍監督(51)だ。ヘッドコーチを務めた昨季はチームが4位に沈んだ中で厳しさがクローズアップされたが、今季は指導者としての入団時にも掲げた「厳しさと愛を兼ね備えた存在」として二軍チームをまとめ上げた。昨季との変化や、指導における思い。球界に一石を投じた「ペットボトル問題」の〝その後〟についても聞いた。
――チーム内外で二軍監督としてのさまざまな取り組みが好評だった。その一方で昨季は持ち味や良さがうまく伝わらなかったとの声もあったが変えたところは
小久保二軍監督 評価に関しては他人がすること。変えるも何も役職が変わったというのが一番ですかね。監督となり全部自分で決められるようになった。ただ、ありがたいことに僕には「ここがダメだった」とダメ出しをしてもらえる仲間がいる。去年、僕は「あいさつせんかった」と言われてたみたいで。あいさつを無視したりしたことは一回もないけど、選手からするとそう感じていたと聞いた。そうなると今年はどんな時でもと。たとえば風呂場で誰が入ってきたか分からないときでも「お疲れさまです」と入って来たらこちらも声を上げるようにして。一つの改善点で言えばですね。
――常に必要とあればの改善はしていくが、何より役割が変わったことによる変化が大きかった
小久保二軍監督 上司の仕事というのは機能、役割の違いであって。(二軍の組織においての)監督、コーチ、選手、それぞれにしか見えない景色がある。選手の前に壁があったとして、コーチは乗り越えた経験があるから、壁の先にはいい人生が待っているという着地点を知っている。その先には崖もある。そこも見たうえでマネジメントするのが僕の仕事。選手の可能性を見い出す上で導けるのは僕らしかいない。選手って意外と自分のことが分からず、過小評価していたり、過大評価していたりする。選手の要望を聞き、気持ちよくさせるのが選手ファーストではない。選手のためには何が一番いいのか。選手のために使う時間を首脳陣みんなで考えるのが選手ファースト。人間、誰しも嫌われたくない。そこがあるからといって、この選手には言えるけど、この選手には言えないはダメ。選手ファーストでダメなものはダメと言えるコーチでありましょうという話は初日にしました。
――目線を落として選手と話をしているのも印象的だった
小久保二軍監督 それは今の時代だからこそで、今の選手に合わせているところではありますね。距離によるマネジメントが組織的には定石。本来の自分のマネジメント論ではないんですけど、それもアドバイスで「もう少し降りて行ったほうがいいよ」と言われて。正直、正解か不正解かは分からないけど、僕がそこまでしなくてもと思うところまでは降りて話をするようにしました。そこは使い分けながらやっています。これだけ選手と付き合ったら当然、情もわく。うまくなってもらいたい、成長するためには何が必要かばかり考えている。ちょっと距離が近くなり選手に寄り添うところは今年は結構あったかもしれない。
――直近の取り組みとしてはフェニックス・リーグで選手に采配をさせた
小久保二軍監督 きっかけは松山コーチ(現・一軍内野守備走塁コーチ)が内野のポジショニングを選手にやらせていたと聞いて。たとえば一死一、三塁で、イニング、点差、投手、打者の力量を見て、どう守るかなと考えてプレーしないといけない。「ぜひ、この秋やりましょう。ついでに監督を決めて作戦の采配をさせましょう」となった。
――感じた効果は
小久保二軍監督 僕が彼らの野球観を理解できたこともあったが、組織としていいなと思ったのは、野球は動くスポーツ。監督は代打の選手にピンポイントで行かせたいけど、行くよとしゃべってるときに本塁打が出て、準備だけで行かせられないこともある。そこを身を持って経験できたことは良かったんじゃないか。たとえば野村大、増田だったりはレギュラーを取ってほしいが、そこに行く前には今年みたいに代打や、左投手ならスタメンとか、いろいろな形で食い込む必要がある。そこを予測して少々ズレても行けますよという準備をしないといけない。ホークスは控え選手がワガママなところがあって、そこ以外は行かないということがまかり通っていた。前後3人くらいどこで行っても結果を残せないと飯は食えない。
――選手も気付きが多かったはず
小久保二軍監督 やってみないと分からないでしょうからね。あとはリチャードの決断力が想像以上だった。「けん制したらお願いします」というスチールから流れが変わった。オレが監督なら出せたかなとかね(笑い)。
――二軍監督就任後にベンチにペットボトルが放置されている問題を言及。かなり改善された
小久保二軍監督 でも、まだまだですよ。ラベルもキャップも外して、これはずっとやってますけど、もともと飲み残しが中に入ったまま捨てられていた。中に飲み残しが残っていて重かったら筑後は業者が持って行ってくれないから、おばちゃんたちが全部出すんですよ。(育成含めて選手ら)100人近くいて、おばちゃんたちは4、5人ですよ。自分の分をちょこっと捨てればいい話。おばちゃんたちとは話す機会もありました。何か要望ありますか、と。
――風紀面の凡事徹底はもちろん、支えてくれている人への気遣いの思いも大切
小久保二軍監督 スリッパにしても、げた箱があるのに寮の玄関に3列で100個以上並んでいた。おばちゃんたちは全部どけて、下の床を拭き、元に戻すわけですよ。そこは小川(三軍)監督(現・四軍監督)に協力してもらって、二、三軍いる日に全部ロッカーの靴を出させて使ってない靴は捨てさせて。げた箱に一人3個を割り当てて、それ以上はロッカーに置くようにした。今は朝、行っても出てないですよ。(キャンプは二軍が宮崎、三軍は筑後で)今は寮に帰ってないので心配ですけど(笑い)。
――ただ、確実にそういった面も当初と比べて変わってきている
小久保二軍監督 できるまで言い続けるのが僕らの仕事。そこは「これくらいでいいか」の妥協は許せないですよね。言い続けるしかないと思ってます。












