1日に死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)の追悼連載「猪木自身が語った名勝負10番」第4回。極真空手の〝熊殺し〟との異種格闘技戦は、猪木が肋骨を骨折、ウィリー・ウィリアムスが腕を脱臼して痛み分けとなった。生前の猪木さんはこの壮絶な死闘をどうとらえていたのか。
【猪木自身が語った名勝負10番(4)】1980年2月27日の蔵前国技館で、ウィリー・ウィリアムスとの異種格闘技戦・格闘技世界ヘビー級王座戦に臨んだ。
極真会館コネチカット支部で大山茂の指導を受けたウィリーは、75年の全世界空手道選手権で活躍。翌年公開の映画「地上最強のカラテPART2」で巨大グリズリーとの戦いを演じ「熊殺し」としてその名をとどろかせ、猪木に宣戦布告した。
他流試合を禁ずる大山倍達総裁の意向から、ウィリーは試合直前に極真会館を破門となり、猪木さんは「もう離れてはいたけど、それでも極真だから。その辺の対立構造というのがすごい興行的に大事な部分というか」と分析した。
今見れば笑ってしまうようなグリズリーとの戦いとされる映像についても「まあまあ、知っての通りなんで。でもそれはそれで素直に受けとったらいい。〝熊殺し〟でね。ムッフッフ…」と笑み。「キャッチフレーズというのはすごいなあと思う。グレート・アントニオがバスを引っ張ったりね。それで通ってしまった時代だから。いや、いつの時代も必要かもしれない。ラベルというか。今こういう世の中で〝そのウソ、ホント〟という東スポ的な面白さが世の中からなくなってしまった」と嘆いた。
試合は両軍のセコンドが入り乱れる乱闘もあり、猪木が場外の腕十字で脱臼させたところで、4ラウンド(R)1分24秒ドクターストップで引き分けに終わる。
この結果に消化不良の声も上がったが、猪木さんは「ファンから見ると『(骨を)折ってしまえ』かもしれないけど、俺らは商売だから。相手へのダメージを、どこまであれするかっていうのは、お互いのルールっていうのがあると思うんです。でもまあ、それを超えてやってた部分が俺にはあったけど」と述懐していた。
▽格闘技世界ヘビー級選手権(3分15R)
〈王者〉
△アントニオ猪木
4R1分24秒 両者ドクターストップ
〈挑戦者〉
ウィリー・ウィリアムス△
(1980年2月27日、新日本プロレス・蔵前国技館)












