元アントニオ猪木番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る第9回。猪木さんがリング上で口ずさんでいた曲はなんと…。
1980年代はカラオケボックスなどなかった時代。猪木さんの歌は、残念ながら聞いたことがない。宴席の余興では歌が得意な木村健悟らの出番で、猪木さんがマイクを握った姿を見ることはなかった。
うわさによると、軍歌の「若鷲の歌」〝若い血潮の予科練の 七つボタンは桜にいかり――〟を歌ったとか。実際に聞いたことがある後輩記者によると「うまくもなく下手でもなく、フツー」で「大仁田(厚)さんのほうが断然うまい」とのことだ。
もっとも、正確にいえば猪木さんの歌は聞いたことがあるということになる。クラッシャー・バンバン・ビガロが、WWF(現WWE)に参戦して新日本プロレスのリングに戻ってきた時のことだ。タッグマッチでビガロと対戦した猪木さんは突然リング上で歌いだした。
〝バーンバーン ビガロー バーンバーン ビガロー〟
WWFでは選手のテーマ曲がつくられる。WWFで流されたテーマ曲をいきなり目の前で歌われたビガロは、びっくりしてオロオロしていた。猪木さんはそんなビガロを見て大喜び。何度も〝バーンバーン ビガロー〟と繰り返していた。猪木さんの歌(?)はこれしか聞いたことがない。
そして評判通り、歌唱力は可もなく不可もなしだった。(元プロレス担当・吉武保則)












