新日本プロレスの内藤哲也(40)が、異国の地で誓いを新たにした。2日(日本時間3日)の英ロンドン大会でザック・セイバーJr.(35)とのシングルマッチを制し、IWGP・USヘビー級王者ウィル・オスプレイへの挑戦が決定的に。一方で、1日に心不全のため死去した団体創設者・アントニオ猪木さん(享年79)の偉大さを実感する出来事があったという。

 内藤はロンドン大会メインで地元凱旋となったザックと対戦。デスティーノで3カウントを奪い、代名詞の「デ・ハ・ポン」大合唱で大会を締めくくった。

 大会後に本紙の取材に応じ「ほとんどがザックに対する応援でしたけど、歓声ありのプロレスは楽しいと改めて思ったし、リングに立っているレスラーに力を与えてくれるものですね。その与えてもらったものを、それ以上にして返すのがプロレスラーの仕事だと思うので」と声を弾ませた。

 同戦はUS王者オスプレイへの次期挑戦者決定戦と位置づけられていたため、内藤は11月5日大阪大会での挑戦が濃厚に。今夏のG1準決勝の雪辱機会を得た。

「俺の目標は変わることはなく、2023年1月4日東京ドームのメインイベントに戻ること。ここでオスプレイに勝ってUS王座を取ったら戻れるのかといったら、その可能性は極めて低いと思いますよ。ただ、だからと言って立ち止まってるわけにはいかないんでね」と最後まで〝悪あがき〟を続けるつもりだ。

 遠征中には猪木さんの訃報を伝えられた。05年12月に入門した内藤は、06年7月の札幌大会であいさつをした程度でほとんど面識がないという。だが、幼少時から大のプロレスファンである父の賢一さんに「王(貞治)、長嶋(茂雄)、猪木は〝さん〟づけで呼べと教えられて育てられました」という。

 また、現地でこよなく愛するファストフード店「サブウェイ」に行こうとウーバー・タクシーに乗り込んだ時のことだ。「運転手の人が『どこから来たの?』と言うので『日本』と答えたら『知ってるか? アントニオ猪木が亡くなったぞ』と。こんな遠い英国の地にも名前が届いているのは、正直ビックリしましたね」

 しかも、運転手は「ところで君は何をしに日本から来たんだ?」と再び質問。猪木さんが創設した新日本のプロレスラーだと伝えると驚かれたという。

「要するに、アントニオ猪木さんのことは知っているけど、今の新日本のレスラーのことは、その人は知らないわけです。そのあたりは悔しいと同時に、やっぱり偉大な方だったんだなと改めて思いましたよね」と振り返った。

 猪木さんの死は日本で大々的に報じられたが、海外にいたからこそ、その存在の大きさを知ることができたのも事実。「もちろん、新日本をこれから世界に広めていくのは我々の役目ですからね。そのあたりは強く感じましたよ」。旗揚げ50周年を迎えた団体の、さらなる発展を誓った。