【赤堀元之 〝猛牛〟世紀末守護神(26)】 2010年、韓国のSKワイバーンズ(現SSGランダース)の二軍投手コーチとして韓国・仁川で生活することになりました。一軍レベルは強くても、二軍は日本と比べるとまだまだレベルが低い。みんな純粋で教えてくれって来るし、素直に取り組んでくれる。よくなっていく部分もあったし、教えがいがありました。通訳はいてもほとんどジェスチャーです(笑い)。
オープン戦を経て二軍・フューチャーズリーグの北部リーグを尚武、斗山、LG、警察、SKの5チームで戦う。環境は違っても楽しかったですよ。遠征は朝6時とか7時に集まってバスで球場を出発し、途中でレストランに寄ってみんなで朝食の鍋を食べるんです。前もって予約した民家の店とかファミレスみたいなとこで、みそ鍋とか納豆鍋とかを食べる。
食べ終わったらまた出発してビジター球場で午後から試合です。終わると地元の本球場に戻って食事をし、午後7時から9時くらいまで夜間練習。合宿所はなくて球場で食事が用意されてる。金星根監督の練習って結構ハードで、真面目にやる選手もいれば、さぼる子もいましたね。
尚武というチームは国軍部隊の野球チームで、兵役に行く選手を集めて鍛えているんです。軍隊の訓練もしているらしくてめちゃ強かった。警察野球団も強くて、いつもいい試合するか、負けるかでした。SKではよくしてもらったし、当時は韓国人はあまり教えなくて金星根監督が「日本人コーチの方が一生懸命教えてくれる」と思ってくれていたんです。指導者として勉強になったし、基礎から選手をもう一度教えることができた。成長していく過程を見れるのは楽しいですよ。
もう1年韓国にいようかな、と思っていたらオリックスのフロントの人から連絡があった。11月だったので新コーチの布陣が決まっているので、コーチじゃなくて球団本部管理育成グループ育成担当ということでした。家庭のこともあって引き受けることにしたんです。岡田彰布監督の2年目。前年5位から巻き返しのシーズンだったですけど、下位低迷が続き、8月に僕が一軍投手コーチに呼ばれたんです(笑い)。
育成も面白かったので急に言われて「えっ」と思いました。年俸が途中で上がり、日割が増えていった(笑い)。二軍は勝ち負けを背負わない部分もあるし、選手の成長を見れる。一軍は勝たなきゃいけない緊張感もあるし、ファンの期待、いろんな重圧がありますよ。
また戦場に駆り出される形になったわけですけど、シーズンの最後の最後でとんでもない戦いになっていきました。西武と3位争いを繰り広げ、CS進出がかかった10月18日の京セラドームで迎えたソフトバンクとの最終戦。勝つか、引き分けかで3年ぶりのCS進出が決まる。先発は10勝をマークしていたエースの金子千尋。迎えた結末は…。
☆あかほり・もとゆき 1970年4月7日、静岡県藤枝市生まれ。静岡高のエースとして2年夏に甲子園に出場し、88年のドラフト4位で近鉄に入団。リリーバーとして頭角を現し、4年目の92年に最優秀救援投手と最優秀防御率をダブル獲得。92~94年、96~97年と5度の最優秀救援投手に輝いた。その後は故障に苦しみ、2004年に引退。指導者としてオリックス、ヤクルト、中日、韓国SKで投手コーチ、BCリーグ・新潟で監督を務めた。22年から関メディベースボール学院でコーチをしながらテレビ解説者としても活躍している。












