【平成球界裏面史・2009年の楽天編(2)】〝いかなる結果であろうと続投なし〟の通告から始まった楽天・野村克也監督の2009年シーズン。球団フロント陣との溝が次第に深まるなか、ストレスをためる指揮官に呼応するかのように、5月まで2位をキープしていたチームも次第に順位を落としていく。

 7月に入り4位に転落。すると7月7日、一部スポーツ紙が「次期監督候補に東尾修氏」と報じた。その日の試合前、指揮官のボヤキはこうだった。

「オレに気を遣って(球団)代表から(この報道があったことを)言ってきたわ。『そんなこと(いちいち釈明)しなくてもいいですよ』と言ったんだけどな。まあ、確証があるから(東尾氏と)書いたんだろうけど…。でも東尾なんて、どこがいいのかね。『夜の帝王』なんだろ」

 実は当時の首脳陣の様子をチーム関係者はこう語っていた。「最近はコーチミーティングで『オレは今年でクビなんだから』という言葉がよく出るようで、コーチ達も、それを聞くたびに言葉を失ってしまっている」。日に日に報道に現実味が増していくこともあり「この記事によって、監督がヤケッパチになりはしないか」と心配する声もあったそうだが、そんな折も折、楽天のドン・三木谷浩史会長(当時)の〝KY発言〟が大きな波紋を呼ぶことになる。

 8月7日、楽天本社の決算説明会後の会見で、野村監督の後任について「(進捗状況は)10段階のうち2、3といったところ。候補を10人くらいに絞った段階」と語り「できれば8月中に決めたいが、9月に入ってからだろう」と語ったことが報じられたのだ。

 当時、チームは悲願のAクラス入りに向け奮闘中だったこともあり、内部からは大ブーイング。「以前、荒木(大輔)さんの名前が取りざたされたときに、フロントのなかで『これからマスコミに何を聞かれても何も語らないことにしよう。道化になりきろう』という話になっていた」という球団フロント陣も、トップのまさかの発言には困惑しきりだった。

 そんな状況で、8月18日には一部スポーツ紙で「日本一なら野村続投」の文字が躍る。これには、さすがの監督も「『能力で続投』だったら分かるよ。でも『結果で続投』なんてクソ食らえだ! たとえ日本一になっても身を引くよ。そういうのってナメてると思わない?」とブチ切れた。

 単なるボヤキっぱなしから〝フロントの鼻を明かして辞めてやる!〟という奮起の兆しが見えはじめた野村監督。ここからワイドショーまで巻き込んだ〝野村監督VS楽天フロント〟の構図が少しずつ形作られていくのだが、実はその奮起の〝表れ〟が、首脳陣を悩ませることになった。このころ、指揮官は知人からもらったという「ニンニクの醤油漬け」を練習前に2個食べるのが日課だったが、このニオイがすさまじいことになっていたというのだ。

 当時の首脳陣の一人がこんな証言を残していた。「『ニオイ消し』のカプセルを飲んでくれるときもあるけど、まったく飲まない時もよくある。監督には申し訳ないけど、そのときはスゴイ」。しかも、スポンサーからの差し入れで、大量の健康ドリンクが監督室の冷蔵庫にあり、それも同時に飲むこともあった。監督の周囲は「たとえようのない臭いが充満する」こともあったそうだ。

 しかし、酷暑のなか、最後かもしれない采配を振る野村監督の姿に、コーチ陣もしっかり支えていくことを決意。チーム関係者によると「監督が健康であるなら、どんなにおいであろうと我々は耐えないといけない。僕ら(コーチ陣)はベンチでは鼻で息をしない。『魚』になることにしている」と一致団結していたという。

 ノムさんに最後の花道を――の機運は高まり、次第に大きなうねりとなっていく。8月18日に3位に浮上。西武と激しいAクラス争いを演じることになる――。(佐藤浩一)

=続く=