【取材の裏側 現場ノート】美しさゆえの苦悩とは――。ロンドン&リオ五輪2連覇の内村航平(33=ジョイカル)は12日に開催された引退イベント「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」(東京体育館)でラスト演技を披露。自身が体現してきた「美しい体操」について「芸術作品でなければいけない。絵を見ているような、美しい川の流れを見ているような」と表現し、引退後もあらゆるジャンルで「美」を追究する決意を示した。

 これに呼応したのが日本体操協会の高橋孝徳審判本部長だ。長年、内村と「美しい体操とは何か?」をお互いに追い求めてきた。そんな日々を振り返りつつ「彼が追究してきた体操、さばきのこだわり、人を魅了する技を世界に広め、彼のアドバイスで世界のレベルを上げてくれるとうれしいです」と期待を寄せた。

 だが、その一方で審判ならではの悩みもあった。内村が誰よりもこだわり、体現してきた「美しい体操」について、高橋氏は「彼の卓越した動きはルールを超えた凄みがある」と絶賛。その上で、こんな秘話を明かす。

「彼が追い求めてきた究極の美しさは、時として採点がしづらいんです。空中での姿勢、こだわり抜いたさばき方、バーをつかむ瞬間の見せ方など、本来なら優劣をつけるべきなのですが、現行のルールでは点数で差をつけられない場合もあるんです」

 例えば、鉄棒の手放し技ではあえてバーをつかむタイミングを遅らせたり、動きの中で余裕を見せる絶妙な「美」がキングの演技にはある。並の選手にはできない高いレベルだが、実際の数値化された採点方式では「0・1」しか差が出ないこともあるのだ。

 高橋氏は「審判員はルールブックの定義に則った採点が求められる。彼の場合、心を打つ美しさがあっても、点数に反映できない難しさが時折ありました。まるで我々が採点を試されているようでした」と語った。それを踏まえた上で「たとえ点差に現れなくても、結果として人を魅了し、感動させる演技を世界中に広めてほしい」とメッセージを送った。

 点数を凌駕した「美」の追究。フィギュアスケートの羽生結弦(ANA)にも言えることだが、その姿勢こそが採点競技の発展につながるのではないか。

(五輪担当・江川佳孝)