マスクマン史上、もっとも巨大かつひと目で正体がバレバレだった男がいる。あるいは最大の“発明”というべきか。1985年8月23日開幕の新日本プロレス「チャレンジ・スピリット85」に初参戦したジャイアント・マシーンだ。正体はお断りするまでもなく“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントである。
マシーンは若松マネジャーに伴われて開幕戦(東京・東村山)に初登場。“世界の荒鷲”坂口征二とのシングル戦を2分9秒でジャイアントボンバーで圧勝すると、メインのアントニオ猪木のタッグ戦にも乱入。マスクド・スーパースターとおぼしきマシーンを引き連れるや、ジャイアントボンバーで猪木をKOしてしまった。
「マシーンがよみがえった。その中身は雲をつかむような大男。223センチの超巨体は間違いなくジャイアントだ。S・S・マシンらの脱退を上回るショックが新日プロを襲撃したのだ。制止に入ったブラックキャットは245キロのラリアートを食らうと救急車で病院に直行。猪木は『ちくしょう。今日は完全に参った」と白旗を掲げた。
そして9月6日愛知・碧南市大会で猪木との一騎打ちが実現。実は若松マネジャーは、事前にミスター高橋を自軍に勧誘していたとの疑いが浮上しており、猪木はレフェリーに暴行を働いた末にジャイアントボンバーで不可解な3カウントを奪われてしまった。不謹慎だが心が躍る展開だ…。
大巨人マシーンはその後も大暴れを続けるもタイトル戦にからむことはなく帰国。結局、登場は1シリーズのみとなった。しかし日本での大受けに気をよくしたのか、本拠地WWF(現WWE)でも短期間だがマスクをかぶりスーパー・マシーン(マスクド・スーパースター)、ビッグ・マシーン(ブラックジャック・マリガン)、さらには何とハルク・マシーン(ハルク・ホーガン)とマシーン軍団を結成し、大暴れした。ちゃめっ気の多いアンドレだからこそ実現した奇跡の「大巨人マシーン」だった。












