【鈴木ひろ子の「レスラー妻放浪記 明るい未来」5】世界最大のプロレス団体「WWE」で活躍したKENSO(ケンゾー=47)&鈴木ひろ子氏(46)夫妻による連載「レスラー妻放浪記 明るい未来」の第5回はWWE時代に起きた衝撃の“キス事件”を振り返る。いまやハリウッド俳優としても大活躍のレジェンドで、かつての大エース、ジョン・シナ(44)とケンゾー&ゲイシャガール(ひろ子氏)の間に何があったのか?

 WWEのトップスターがその枠を超えて活躍の場を広げていく例は枚挙にいとまがありません。ハルク・ホーガンは国民的人気タレントになり、最近ではザ・ロック(ドウェイン・ジョンソン)の俳優としての地位は定着していて、ハリウッドで最もギャラが高い俳優に選ばれるほどになりました。

 そして最近、ハリウッド俳優として本格的な活躍を見せているのがジョン・シナです。ロックといえば「ワイルド・スピード(ワイスピ)」シリーズは代表作の一つですが、この夏休み映画では「ワイスピ」の第9作(「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」)に同じくWWEのジョン・シナが出演しています。

 ジョン・シナといえば、私たちがWWEに入団してから、スマックダウンでずっと一緒だったトップスターです。ちょうど人気が絶頂に達するころで飛ぶ鳥を落とす勢いでした。世界180か国以上で放映されるWWEでその規模を鑑みれば、レギュラーになるか否かで生活は天と地ほどの差が出ます。

 トレーラーハウス暮らしから一気にハリウッドスターになるのもWWEでは現実。その壮絶な競争の中で、アメリカでは迂闊(うかつ)な言動一つで簡単にクビにもなる。そうした中でジョンというのは、非常に「おりこうさん」な印象の選手でした。橋本真也的な破天荒さも、ケンゾー的な天然さもなく、極めて注意深く、慎重な行動を取るタイプでした。

 トップスターになると、移動もファーストクラスやビジネスクラスになる中で、ジョンはビジネスクラスに乗るときには目立たないよう最後の最後にこそっと搭乗し、若手の仲間の中ではしゃいだり騒いだりする姿をほとんど見せません。

 若手から一気に人気選手になったジョンは、周囲からのねたみや、やっかみで足をすくわれないよう、相当慎重に行動しているという印象でした。そんなジョンも「アジア人女性枠」には警戒する必要もなく

「ヒロコ。レイ(ミステリオ)から聞いたよ。レイと同い年なんだろ?」

「そうよ」

「案外、年取っててびっくりしたよ」

「若く見える、と言ってよ」

「若く見えるよ」

「アジア人は顔が平面だから若く見えるのよ」

「そうか、フラットだもんな」

「納得しないでよ(笑い)」

 と気兼ねない会話もあって、そんな時に笑う姿に、珍しいな、と感じるのです。そんな折、ケンゾーがタッグでベルトを防衛し続け、いよいよシングルでジョンとの対決がスタートすることになりました。

 ケンゾーはアメリカ国旗柄のスーツとシルクハットをかぶってアンクル・サムに扮し、アメリカを揶揄(やゆ)することにしました。本番になると、会場に怒号のようなブーイングが起こり、ジョンが現れます。さらにジョンへの声援が重なり、試合は完全にジョンのペースに。ケンゾー劣勢の中、終盤、2人は場外に出ました。

「ヒロコ、ニンジャ出せ!」

 乱闘になったところで、ケンゾーが私を呼びました。ニンジャとは私が目くらましにまく白い粉です。当時、ブッカーTが私の白い粉攻撃をいたく気に入り、「ニンジャパウダー」と名づけていました。

「私の夫に何てことしてくれるのよ!」

 私がすかさずセコンドから飛び降りてジョンに向かって行くと、ジョンが一瞬、私に面と向かいました。そして私の両腕をつかみ、キスをしてきたのです。

 会場は騒然、私は唖然(あぜん)です。ニンジャパウダーを放つ機会も失い、まるできつねにつままれたようにきょとんと立ち尽くし、結局試合はジョンの勝利となりました。リングを見ると、ケンゾーがかぶっていたアンクル・サムの帽子を奪い取るジョンが見えました。ジョンはそのケンゾーサイズの帽子をまじまじと眺めて、あえてかぶりました。一瞬にして、ジョンの顔は首まで隠れました。

 ジョンは白人の中では、そこまで顔が小さいと感じたことはありませんでしたが、実際には顔はケンゾーの半分で、カメラはそれをドアップで中継し、会場はまた大歓声。アメリカらしい、お祭りのような夜でした。

 試合後、ジョンは神妙な面持ちで、長々とケンゾーに謝罪をしていました。彼らしく、なぜそういう流れになったのかを細かく説明し、そしてあくまで仕事であっても申し訳ないと真剣に謝り続けていました。何を言っても謝るジョンに、ケンゾーが私を呼びました。

「全部理解してるんだけど、言いたいことが英語にできないんだ」

「なんて言いたいの?」

「『熨斗(のし)つけて差し出すよ』って。訳して」

 崩れた白塗りのまま、それを私は英語で自らジョンに告げ、ジョンは懸命に笑いをこらえました。一瞬噴き出しそうになりながらこらえる姿に、らしいな、と思いつつ、むきになって笑わせようとする鈴木家なのでした。

 ☆ジョン・シナ 1977年4月23日生まれ。マサチューセッツ州出身。父親がプロレス関係者で99年11月にデビュー。2002年6月にWWEデビューし、05年「レッスルマニア」でWWE王座を獲得後、エースとしてWWEに君臨。シングルの最高峰王座獲得は合計16回に及ぶ。得意技はアティテュード・アジャストメント。17年からハリウッドに進出。現在日本で公開中の作品では「ワイスピ」の他に「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」に出演。185センチ、109キロ。 

 ☆ケンゾー 本名・鈴木健三。1974年7月25日生まれ。愛知・碧南市出身。明大ラグビー部を経て一度は就職するが、99年に新日本プロレス入り。2002年2月にアントニオ猪木から当時混乱していた新日本の現状を問われてリング上で「僕には自分の明るい未来が見えません」と発言したのは語り草だ。その後は米WWE、ハッスル、全日本プロレスなどで活躍。現在は共同テレビジョン勤務。191センチ、118キロ。

 ☆すずき・ひろこ 1975年2月14日生まれ。千葉・船橋市出身。明大卒業後に福島中央テレビにアナウンサーとして入社。2003年にケンゾーと結婚し翌年に渡米。WWE入りした夫とともに、自身は日本人初のディーバ「ゲイシャガール」として大活躍。ハッスルやメキシコマットでも暴れ回った。現在は政界に転身し、千葉県議会議員を務める。1児の母。