【龍魂激論】天龍が没後20年の新証言「鶴田最強説」

2020年04月23日 11時00分

ブルドッキングヘッドロックも器用にこなした鶴田。天龍(右)は「どれだけ本気にさせるかが勝負だった」と振り返った(83年4月20日、東京体育館)

【天龍源一郎VSレジェンド対談「龍魂激論」5=中編】「最強」と呼ばれた全日本プロレスの元3冠ヘビー級王者・ジャンボ鶴田さん(享年49)はどれほど強かったのだろうか。ミスタープロレス・天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」では今回、鶴田さんを若手時代から知る和田京平名誉レフェリー(65)、後輩の秋山準(50)とともに、今年で没後20年を迎える故人の思い出を振り返った。中編では「鶴田最強説」の意外な真相に迫る。 

 ――天龍さんは「鶴田最強説」の理由は一生懸命やらなかったからだと

 和田レフェリー(以下和田):練習してるのは見たことがないね。

 天龍:秋山選手はレスリングやってたから分かると思うけど、190センチの人間が180センチの人間とやると楽だよねえ。

 秋山:そうですね。鶴田さんは196センチありましたし。僕も自分より小さい相手とやると、やっぱり楽です。

 和田:10センチの差って大きいよね。

 天龍:だからNWA世界王者のリック・フレアーやハーリー・レイス、AWA世界王者のニック・ボックウィンクルとも互角に勝負できたわけですよ。ジャンボのほうが大きいから。ペース配分も含めてやっぱり史上最強なんじゃないの。

 和田:そうですね。俺がジョー(樋口)さん(レフェリー)からメインを任されて、初めて天龍さんとジャンボの試合を裁いたら、やっぱり余裕が違った。天龍さんは直線的に前に出る。ジャンボは「ハイハイ源ちゃん、どうぞいらっしゃい」だもの。

 天龍:俺がガーッと行くと(両手で落ち着けというポーズで)「ハイハイ」だからね。コンチクショーって思ったよ。

 和田:ブレークして試合を止めても天龍さんは相手をにらんでるんだけど、ジャンボは「ハイハイ。分かってるよ、京平ちゃん」ってオーバーに両腕を広げるんだよ。その手が鼻に当たって開始5分で失神したことがある。目覚めたら、天龍さんが「京平ちゃん、反則負けだろ」ってアピールして。5分で終わらせられないから、鼻血流しながら裁いてた。

 天龍:どれだけ、ジャンボを本気にさせるかが勝負だった。天龍革命(1987年)から俺の人気が上がってきたら、ムキになってきたよね。ジャンピングニーは太ももの横を当ててきたのに、ヒザをガツンと顔面に入れてくるようになった。痛かったけど「やった!」って内心、ガッツポーズだよ。

 ――秋山選手はジャンピングニーを鶴田さんから直接伝授されている

 秋山:確かに最初は鶴田さん、横から入ってましたね。今の僕はヒザからガツンと入りますけど。外国人選手との試合でも横からだった。当時、テレビで見ていても天龍さんが相手だとヒザを入れているのが分かりました。

 和田:だけどジャンボの本気って、どこがMAXだったのか最後まで分からなかったなあ。いつも試合が終わると天龍さんが控室で「ジャンボのヤロー、まだまだ本気出してないな」って悔しがってたのを覚えてます。

 天龍:御社の(東京スポーツ新聞社制定)プロレス大賞ベストバウト(89年6月5日、日本武道館での3冠ヘビー級戦)を頂戴した試合だってところどころで沸点はあったけど、トータルでは冷めてたね。自分に酔ってるクールなジャンボが嫌でねえ。彼にとって一番恥だったのは、天龍ごときや外国人相手に沸点で試合をすることだった。

 和田:(爆笑)。そうそう。たまに怒っても俺が「まあまあ」って間に入ると「ああ、そうだね」って。怒るのは恥だと考えてたんでしょう。

 天龍:秋山選手も馬場さんに教わったと思うけど、相手と対峙したら自分が動くんじゃなくて、相手を動かして、自分は泰然と構えていろという教えですよ。

 秋山:確かにそう教わりました。僕はすぐ沸点になりますけど(笑い)。

 天龍:いや、それがレスラーですよ。ジャンボは沸点になると「テーク・イット・イージー」と心の中でつぶやきながら試合していたからな。

 ――日本人として初めてAWA世界ヘビー級王者になったニック戦(84年2月23日、蔵前国技館)は、さすがに沸点に達したのでは

 和田:ない、ない。全然ない。天龍さんとか阿修羅原は別として、外国人相手ならフレアーだろうがニックだろうが「ハイ、いらっしゃい」だもの。あの試合だって表面上は必死な顔してるけど、もっとガンガン攻めればもっと面白い試合になってた。

 秋山:最近その試合の画像を見直したら鶴田さん、試合直前ギリギリまで渕(正信)さんと遊んでるというか戯れてました。余裕を見せたかったのかなあと思いました。

 天龍:余裕という意識は常に持っていた。長州力と60分戦った試合(85年11月4日、大阪城ホール)後(フルタイムドロー)も余裕しゃくしゃくじゃなければ嫌だったんだよ。長州はフラフラだったのにな。

 和田:そうそう。引き揚げながら渕君の肩を抱いて「いやあ、渕君、勝てなかったよ。今日は食おうか」ですからね。それが10センチの差なんですよ。馬場さんは「俺は楽だよ。俺を投げるやつは俺の倍の体力を使うから勝手に疲れちゃう」って。だからジャンボも長州にどんどん投げさせてスタミナを奪っていた。馬場さんいわく「受け身で休め」という教えですよ。

 天龍:まさにその通りですね。実は俺がジャンボの試合で一番印象に残っているのは意外な試合なんですよ。 

(明日の下編に続く)