思い出す清原への闘魂ビンタ…またプロレスとプロ野球がつるんで盛り上がりたいね

2020年10月09日 16時00分

ビンタを食らって戸惑う清原氏(右)。闘魂を注入した猪木氏は満足そうな笑みを浮かべていた(2001年11月)

【赤坂英一 赤ペン!!】先日、アントニオ猪木氏がプロレスデビュー60周年を迎えたと聞いて、元巨人・清原和博氏に強烈なビンタを見舞ったことを思い出した。昔はそれぐらい、プロレスや格闘技が大好きで、観戦に足を運ぶスター選手が多かったのである。

 清原氏が巨人時代の2001年、東京ドームで行われた総合格闘技PRIDEを観戦したときのこと。リング上の猪木氏から「野球界の大バカ者! 清原、出てこい!」と呼ばれてリングインしたら、いきなり“闘魂注入ビンタ”を一発! 清原氏がしかめっ面で「むっちゃ痛い。でも、ありがとうございました」と頭を下げると、ドーム中が大爆笑に包まれた。なお、このシーンはヤクルト・高津(現監督)も客席で目撃している。

 また、この01年のシーズン中には“暴走王”小川直也が巨人戦観戦で東京ドームを訪問。このときも清原氏がベンチ前で出迎え、がっちり握手を交わしていたものだ。

 しかし、巨人で一番のプロレスファンといえば原監督だろう。選手時代は日本テレビが毎週放送していた縁もあり、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田など全日本プロレスの看板レスラーの試合をマメにチェック。試合前のミーティングが終わると、日テレのスタッフが持ってきたビデオを熱心に見ていたという。

 当時、どのレスラーが好きかと聞くと、意外にも「ラッシャー木村だね。マイクパフォーマンスを毎回楽しみにしてるよ」との答え。もっとも、あの昔の面白さは今時の格闘技ファンにはわかりにくいかもしれないが。

 私自身、1998年に巨人の川相昌弘氏(のちヘッドコーチ、二軍監督)と総合格闘技団体パンクラスの大会を見に行ったことがあった。日本武道館のリングサイド席に来てみたら、近くの席にヒクソン・グレイシーとその一党がズラリ。リングを挟んで向かい側には当時のエース・槙原寛己氏、元木大介・現巨人ヘッドコーチが座っていた。

 当日の目玉はラグビーから転向した謙吾(渡部謙吾)のデビュー戦で、相手はバス・ルッテン。TKO勝ちしたルッテンはヒクソンに向かって、「ここに上がってオレと戦え!」と激しく挑発。私も川相氏も、槙原氏も元木ヘッドも大いに盛り上がって拍手を送った。また、あんなふうにプロ野球と格闘技がつるんで熱く盛り上がれる時代が来ればいいのだが。 

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」「プロ野球第二の人生」(講談社)などノンフィクション作品電子書籍版が好評発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。日本文藝家協会会員。