MLB投手史上最高額のコールは「いいとこのお坊ちゃん」「エリート選手」なのに謙虚

2019年12月14日 11時00分

ヤンキースと契約したコール(ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ・青池奈津子のメジャーオフ通信=ゲリット・コール投手】アストロズからFAとなっていた今オフ移籍市場最大の目玉、ゲリット・コール投手がヤンキースと契約した。その内容は、MLB投手史上最高額となる9年総額3億2400万ドルともいわれる。そんなゲリットとヤンキースは、高校生でドラフト1位指名されるも拒否して大学へ進んだという数奇な運命がある。

 今回はエクセルでプロコン表を作った結果、大学へ行く道を選んだゲリット・コール第2談。(第1談ヤンキースからの400万ドルを蹴った経緯は東スポWeb参照)

 比較表は、病理学の博士号を持つ父マークさんのアイデアだったそうだ。

「父は1990年代、マンモトーンというデバイス(マンモグラフィーや超音波で乳がんと疑わしい病変が細胞診や他の検査で診断がつかない場合、良性か悪性かを診断する組織検査機)の開発に携わった人なんだ。それまでは、乳がんの可能性だけで切断の判断をしなければならなかったけど、このデバイスで針を刺して細胞を少し採取すれば分かるようになった。なかなか賢いアイデアだよね」

 大ファンだったヤンキースでデビューできる夢を描かなかったはずがないゲリットを、エクセルシートのような分かりやすい表で説得したのは、未来へのリスクヘッジと教育に対する思いからマークさんのひそかな魂胆だったのではないかと思ったが、結果はお見事としか言えない。

 そんな父の論理的思考と、イタリア人の母シャロンさんの社交性やおしゃべりを受け継いだというゲリットは確かに冗舌で、ゲリラ取材にもかかわらず時間を取ってくれたのもあるが、会話の流れは緩いのに情報量の多さに後で感心した。

「僕の料理とワイン好きは父と週末に料理をしていたことからなんだけど、母の家に代々伝わるファミリーソースとラザニアレシピ、イタリアクッキーのレシピなんかは僕も作れるよ」

「プロ契約した時、父へのお礼にワインセラーを作ったら、ワインの並べ方に悩んだ父がワイン講座に行き始め、気がついたらソムリエの資格を取っていたんだよね。面白い父でしょ」

「両親は南カリフォルニアの合唱団で出会ったんだ。君もピアノをやらされなかった? 僕はクラシックを勉強すべきだって言われて始めたんだけど、そのおかげで楽譜が読め、ギターが好きになったから一応、今では感謝かな」

 ちなみに、ゲリットは集中したいときクラシック音楽をかけるそうで、先発準備の相手のデータを研究する時に聴いたりする。彼の投球の裏にはベートーベンやモーツァルトがいたのか!

 スポーツ、料理、音楽…ゲリットは、皮肉抜きで間違いなく「いいとこのお坊ちゃん」であり「エリート選手」。でもそれを隠しもひけらかしもしない、文字では伝え切れない謙虚さが彼の大きな魅力であることを強調したい。

「オフの間、アメフトのある月、木、日曜は友人らを招いて自分が腕を振るう観戦パーティーをよく開催しているよ。1年のうち、4か月オフをもらうからね。午前中に練習して、その帰り道にスーパーに寄って食材を買ってディナーを作るのが習慣化しているよ。得意料理…は、お気に入りのちょっと質の高いチャコールがあって、近所のいい肉屋さんで直接買ってきてウッドファイヤーのグリルでプロレンティーンスタイルのステーキ。これは僕の大好物なんだけど、エイミーがシーバスを食べたいと言えば、サンタモニカシーフードとかで地元の魚をよく買ってくるから、それをケイパーとレモンで味付け。パーティーの人数が多い時はエイミーが手伝ってくれる」

 すごく自然な流れで名前が出た妻エイミーさんが、実はサンフランシスコ・ジャイアンツの不動の遊撃手、ブランドン・クロフォードの妹さんだとしても…。

「ははは。君が言うとなんだか僕はとんでもない人みたいだよね。確かに妻はUCLA在籍中にソフトボールの全国大会優勝の経験があるから野球について深い知識を持っていて、ブランドンのアプローチや僕のアプローチなども彼女と話すよ。UCLAでナショナル・チャンピオンシップを取ったのは自分だけだ!って僕ら2人によく自慢する(笑い)。女性の中では本当にアスレチックで、頭がいい。社会学専攻、類いまれなる文才で、僕の知る限り最も優雅な社交性を持っている。僕との関係も彼女がうまくバランスを取ってくれているよ。彼女に早く出会って、早いうちにかっさらうことができた僕はすごくラッキー」

 …言うことがない。今回のFA移籍はどう決めたのか、次に聞く機会が楽しみである。


☆ゲリット・コール=1990年9月8日生まれ。29歳。米国・カリフォルニア州出身。右投げ右打ちの投手。2008年のMLBドラフト1巡目(全体28位)でヤンキースから指名を受けるも拒否して大学へ。11年にドラフト1巡目(全体1位)でパイレーツから指名されプロ入りした。13年にメジャーデビュー。10勝7敗、防御率3・22で、チームのポストシーズン進出に貢献した。14年も11勝(5敗)を挙げると、15年は19勝(8敗)と大きく飛躍。オールスターにも出場した。16、17年は故障離脱などで振るわなかったが、アストロズに移籍した18年に15勝(5敗)、今季は20勝(5敗)をマーク。ワールドシリーズ第1戦で敗れるまで19連勝を記録した。FAとなった今オフ、ヤンキースと契約した。

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