第104回全国高校野球選手権大会(甲子園)は22日、決勝戦が行われ、下関国際(山口)は仙台育英(宮城)に1―8で敗れた。1958年の柳井以来64年ぶり2度目の県勢日本一の夢こそついえたが、今大会で大阪桐蔭、近江と強豪校を連破し、同校史上初の準優勝を成し遂げた栄誉は決して色あせることはない。それが証拠に試合後、聖地の大観衆からは激闘を繰り広げた下関国際ナイン、そしてかつての弱小チームを大きく変貌させた坂原秀尚監督(45)には仙台育英ナインと遜色のない万雷の拍手が送られた。
悔し涙が止まらなかった。試合終了後、下関国際の選手たちは号泣しながら仙台育英の校歌を整列して聞き入った。スタンドにあいさつする際には一礼後にそのまま泣き崩れる選手もいた。
感動的な場面が見られたのは、その直後だった。坂原監督がベンチに選手たちを呼び寄せて集め「下関に覚悟を持って来てくれた。うちに来てくれてありがとう」と伝えた。閉会式に臨む前にも再度、ベンチ前に一列に並んだ一人ひとりの選手に対して指揮官は歩を進めながら肩をたたいて「この舞台に連れて来てくれてありがとう」と声をかけた。
「昨年夏の初戦敗退から秋、中国大会準々決勝・広陵戦の敗退…。よくぞ、ここまで選手たちが戦ってくれた。本当にここまで戦ってくれたなと。その思いです」と坂原監督はあらためて今チームの軌跡を振り返り、選手への感謝の気持ちを口にした。
閉会式で準優勝の盾を手にすると、それまで凛とした表情を貫いていた指揮官の目には涙が光った。「もう子供たちが本当にかわいくて。かわいい子供たちが泣いている姿を見て泣いてしまいました。すみません」。試合後のオンライン会見で質問を受けると、指揮官はそう言って照れ笑いを浮かべた。
お互いが初Vをかけた決勝の舞台では、過去2度の大会準優勝を誇る仙台育英の総合力に屈した。エース左腕・古賀(3年)は3回まで1安打に封じる上々の立ち上がりだったが、4回に先制を許し、5回にも2失点。5回途中でバトンを受けた2番手・仲井(3年)が7回に満塁弾を浴びて力尽きた。
打線も3点を追う6回に1点を返したが、反撃にはつながらず春夏通じて初の頂点には手が届かなかった。
「仙台育英高校さんはわれわれが思っているよりも層が厚かった。仲井も今日は満身創痍の中で投げてくれたし、古賀にしても当然そう。決勝戦でどれだけの体力が残っているかが、これから本校が優勝していくための課題の一つだと思っている」と坂原監督は自らに言い聞かせるように話した。
山口県勢としては8度目の決勝進出だったが、64年ぶりに深紅の大優勝旗を地元へ持ち帰ることはできなかった。それでも「悔い」はない。
2005年に下関国際硬式野球部の監督に就任以来、坂原監督はそれまで「弱小」と呼ばれ続け、廃部寸前だったチームを地道な努力で育成してきた。「就任してから部員が1桁になってしまうこともあった。それでもめげずにチームをここまで強くしたのは監督の強い精神力に他ならない。2年前に造られた選手寮には家族がいるにもかかわらず一緒に住み込んで、チームに全てを捧げようと心血を注いでいる。だから選手たちも『坂原監督のために』という思いになるんです」(高校野球界関係者)
決勝戦のウイニングボールは手にできなかったが、坂原監督は「彼らからもっと大切なものをもらった」と目を輝かせた。その満足げな表情が全てを物語っていた。












