第104回全国高校野球選手権大会は22日に甲子園球場で決勝戦を迎え、下関国際(山口)が仙台育英(宮城)と初優勝をかけて戦う。今大会では今春センバツ優勝の大阪桐蔭、同準優勝の近江(滋賀)と並みいる強豪をなぎ倒し、過去最高位だった2018年ベスト8の壁も突破。無名の存在だった同校野球部が一体なぜ、日本一を争う舞台にまで上り詰める劇的な躍進を遂げたのか。その裏側には「リアル滝沢賢治」としても評判高い、坂原秀尚監督(45)の〝熱血ドラマ〟があった。
指揮官も選手たちも文字通り「全員一丸」となって、ついに日本一を争う夢舞台にまでたどり着いた。同校としては史上初、山口県勢としても37年ぶりの決勝進出。1958年の柳井以来64年ぶり2度目の県勢日本一も目前となった。今大会で破竹の快進撃を見せているダークホース校だが、ここに至るまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。
坂原監督は2005年に下関国際野球部の監督に就任。高校野球の指導者を志し、教員免許取得のため通っていた大学の隣に偶然あった同校の硬式野球部監督が当時不在だったことを知り、自ら同校校長に「お手伝いしましょうか」と手紙を書いたことがきっかけだった。しかし、就任当初の部員はわずか11人。グラウンドには草が生え、道具もほとんどそろっていなかった。
「下関国際の野球部は65年に創部されたが、山口県内では長らく無名で野球部があることも知らない人が大半だった。しかも2000年代前半に追い打ちをかけるような不祥事が発生し、指導者、部員ともに激減。部が存続の危機に立たされ、誰も弱小チームの監督をやりたがっていなかったところを坂原さんが自ら手を上げて救った。監督になってから常に『目標は甲子園です』と言い続けていたが、最初は周囲から鼻で笑われていたらしい。それでも部員と向き合う姿勢と熱血指導が評判を呼び、徐々に多くの優秀な部員が集まるようになっていった。坂原監督は下関国際を強豪チームにまで仕立て上げた若き功労者。地元ではそう認められています」(高校球界関係者)
坂原監督はこれまでの辛苦に関し「1つ勝つことがすごく難しかった。練習試合、公式戦含め1勝するのに(就任から)3年半かかった。18年間の監督生活で最も苦しかったのはそこですね」と思い起こした。そんな苦難を乗り越え17年の夏の甲子園初出場を皮切りに、同校はメキメキと力をつけてきた。
かつて昭和時代に一世を風靡した学園スポ根ドラマ「スクール☆ウォーズ」の主人公・滝沢賢治をほうふつさせる熱血漢監督。荒廃していた高校の弱小ラグビー部を日本一に導いた伏見工(京都)の山口良治監督をモデルにした「スクール☆ウォーズ」同様、最後は坂原監督の〝男泣き〟で幕を下せるか、見逃せない。












