立正大・神頭勇介捕手 最強・枚方ボーイズの4番主将の今と4年後

2019年06月27日 11時00分

現在は立正大でプレーしている神頭

【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録(88)】ロッテ・藤原恭大、広島・小園海斗の“ドラ1コンビ”が中学時代に所属していたとして、昨秋注目を浴びたオール枚方ボーイズ。その最強チームで不動の4番に座っていた男は今“戦国東都”立正大で戦友たちの背中を追う日々を送る。オール枚方、そしてU―15でも「4番・捕手・主将」を務めた神頭勇介が、藤原、小園らと過ごした過去と、2人を追いかける4年後の未来を語った。

「体験入団の時点でも、関西で名の知れた選手が100人以上。それが入団時点で半分に減って、卒団のときは20人くらいになっていた。本当にすごいところでした、枚方は」

 5歳上の兄の影響で野球を始めた神頭は、小学6年のときオリックス・バファローズジュニアで当時投手だった藤原とバッテリーに。藤原に誘われ入団したオール枚方の環境は、2人の想像を絶していたという。

「入団してすぐに1年のデカい大会があるんですが、枚方はA、B、Cの3チーム出て、全部ベスト8以上。決勝は枚方同士の対決で、まるで紅白戦みたいでした」

 枚方ボーイズでは伝統的に、一番うまい選手はなぜかBチームに割り振られる。神頭、藤原に加え、後に大阪桐蔭に進む中川や石川、早実に進んだ現ソフトバンク・野村らそうそうたる面々で春の1年生大会を制したBチームだが、遅れて入団してきた小園の実力はさらに抜きんでていたという。

「小園はリトルが終わる時期の関係で7月くらいに入ってきたんですが、1個上の代でいきなりスタメン出場。またとんでもないのが入ってきたなと思いましたね」

 その後、藤原、小園は不動の1、2番を形成。神頭は「4番・捕手兼主将」に定着し、数ある大会で次々と優勝を収めた。

「あのメンバーなら誰が4番でもおかしくない。ヤンチャなやつが多かったので、主将としてまとめる方が大変でした。大会では枚方の名前だけで道ができる。そんな環境で調子に乗って、目が合うとすぐケンカを吹っかけるやつとかいましたから」

 U―15でも4番で捕手で主将としてアジアカップ優勝。大阪桐蔭などからも声がかかったというが、高校は小園とともに地元の強豪・報徳学園に進学した。チーム事情から一塁に転向したが、主将として自らを成長させてくれたのは、枚方やジャパンよりもむしろ報徳学園の環境だという。

「枚方はあのメンツですから、普通にやってれば勝てた。言い訳はしたくないですが、高校では勝てない重圧で自分が打てなくなってしまって。これ以上ないくらい苦しかった」

 実力不足を痛感し、藤原、小園がプロに進む中、大学進学を選択。今は再び捕手として、4年後のプロ入りを目指し奮闘中の毎日だ。

「藤原や小園が指名されて、うれしい半面、悔しさもあった。待ってろというのは上から目線ですが、2人には4年後はプロでもっと上にいてほしい。ずっと目標にして、追いかけてきた2人ですから」

 最強枚方ボーイズのかつての4番打者は、友の背中を追い、今日もバットを振り続ける。

 ☆かんとう・ゆうすけ 2000年8月27日生まれ、兵庫県神戸市出身。本多聞小1年のとき、同校の野球部で捕手として野球を始める。小学5年から松尾ベースボールクラブ、6年ではオリックス・バファローズジュニアでNPBジュニアトーナメント4強。本多聞中ではオール枚方ボーイズに所属し、3年時に全国大会3冠。U―15日本代表でアジアカップ優勝。報徳学園では2年春、3年夏と甲子園に出場し、2年春に4強、3年夏は8強。高校卒業後は東都大学野球の立正大でプレーを続ける。178センチ、80キロ。右投げ右打ち。