カーリングの軽井沢国際(長野・軽井沢アイスパーク)には、冬季競技と縁が遠いように見えるインドの男子チームが参戦している。なぜ世界的にも気候が暑い国の選手たちが氷上で戦うのか――。スキップのP・N・ラジュ(42)が単独インタビューで明かした。

 ラジュがカーリングを知ったのは、21歳のころだった。2006年トリノ五輪の男子はカナダが初の金メダルを獲得。50歳で頂点取りに貢献したラス・ハワードの姿を通じ「50歳になっても金メダルを取れることに感動した。彼に比べたら自分はまだ若いので、インドを代表したカーリング選手になれるのでは」と決意を固めた。

 ただ、ラジュの出身はインド南部。ヒマラヤ山脈に近いインド北部には約4年前にカーリング施設ができたものの、当時はカーリングに取り組める環境がなかった。かねて米国で起業するという夢もあり、14年に移住。そのタイミングでカーリングを始めたという。

「渡米した時は仕事のためだったけど、今はカーリングのために米国で生活している」と明かす。ラジュはヘルステックの企業で社長を務めているが「インドではカーリングをやりたくても(米国に移住するまでの)8年間できなかった。今は仕事よりカーリングがメインかな」と声を弾ませた。

 氷上の寒さは「平気です」と笑うも、インドでカーリングは超マイナースポーツ。「インド人のチームを結成するのには時間がかかった。カーリングをプレーするインドの人を見つけるのは、全体の母数が多くないので大変だった。インドの代表チームを結成するのに少し時間がかかった」と振り返る。インド人でチームを結成できたのは約4年前。トリノ五輪から16年がたってからだった。

 軽井沢国際は1次リーグ2日目を終えて0勝4敗と苦戦続きの一方で、昨季は初めて世界選手権の予選に出場。地道に道を切り開くインドカーリング界のレジェンドは壮大な夢を描いている。

「当面の目標は世界選手権の出場権を獲得だが、最終的な目標は時間がかかるだろうけど、五輪に出場すること」

 50歳までは約8年。インドから世界を目指す挑戦はまだ序章にすぎない。