水難事故防止や救助のイメージが強いライフセービングは、競技会も行われていることをご存じだろうか。競泳男子自由形から転向した瀬良紘太(24)は、競技歴わずか1年で全日本王者となった。日大1年時に五輪出場まであと一歩と迫ったスイマーは、大きな挫折を乗り越えて新たな世界で輝きを放っている。
学生時代から全国の舞台で活躍した瀬良は、日大1年時に2021年東京五輪の代表選考会を兼ねた日本選手権の400メートル自由形で5位入賞。24年パリ五輪出場を狙える結果を残した一方で、その後はスランプに陥った。パリ五輪出場を逃し、主将を務めた大学4年時にはインカレ(全日本学生選手権)でリレーメンバーから外れる屈辱を味わった。チームメートから「一緒にリレーをしたかった」と声を掛けられたが、わずかにタイムが届かなかった。「結果で応えられない悔しさが強く残った」と無念さを抱えたまま競泳人生を終えた。
大学3~4年時は就職活動を遅らせ、競泳にすべてを懸けてきた。「自分が本当になりたい姿を考えた時に、ちゃんと納得できる理由を持って区切りをつけたい」と自問自答を繰り返す中で、ライフセービングの誘いを受けた。「インカレでの悔しさをライフセービングで取り返して、結果を出して応援してくれた人たちを笑顔にして、恩返しをできたら」と覚悟を決めた。
瀬良が取り組むサーフレースは、約170メートル先の沖合に設置されたブイを泳いで回る種目。当初は砂浜から海へ飛び込む際に脳震とうを起こして倒れたこともあった。競泳との違いに戸惑いながらも「過去の悔しさを受け入れるために結果を残す」。水泳教室などのアルバイトをこなしながら、週8回の練習で日本一の座を勝ち取った。
競技者としてライフセービングに取り組むのは今季まで。来季からは社会人の道を歩み始める。ただ、ライフセービングを通じて得た経験は次世代につなげていく構えだ。「ライフセーバーとして監視活動を行う上で、死亡事故にも直面した。自分たちの手で防ぎきれない事故があるからこそ、知識や存在を広く発信していく必要があると感じた。日本は島国であり、海と共存していくべきだからこそ、ライフセーバーの存在意義を高めていきたいと考えていきたい」
ライフセービングは波との共存が求められる種目。「波の状況が悪かった」と言い訳もできる環境で戦ったことで、自分の将来像が固まった。「自分に言い訳をしない、ズルい人間にならない生き方をしたいし、ライフセービングという活動が、消防士や警察官のように誰もが知る当たり前の職業、存在になれるように頑張りたい」。水とともに生きてきた1人のアスリートは、納得した形でセカンドキャリアをスタートさせる。














