夏の甲子園でかつて「ハンカチ王子」と呼ばれ、2021年限りでユニホームを脱いだプロ野球の元日本ハム・斎藤佑樹氏(38)が引退してから5年がたとうとしている。現在はキャスターや実業家としてマルチに活動しているが、将来的な「現場復帰」についてどう考えているのか。本人が打ち明けた〝本音〟とは――。
06年夏の甲子園大会で一世を風靡した斎藤氏は、10年のドラフト会議で4球団から1位指名された末に日本ハムに入団。プロ通算15勝にとどまったが、現役を引退した21年12月に「株式会社斎藤佑樹」を設立し、幅広く活動を続けている。
社長業の傍ら人気番組「熱闘甲子園」(テレビ朝日系)でキャスターを務めるほか、かねて夢だった自前の少年野球場「はらっぱスタジアム」を慣れ親しんだ北海道に完成させた。また、今月1日には大手チェーン「鰻の成瀬」の「COO(チーフ・おもてなし・オフィサー)」、10日にはトレーニング複合施設「パラダイス大手町」の「Wellness Life アンバサダー」に就任した。
そうなると、気になるのは球界復帰への思いだ。斎藤氏は引退した翌22年に学生野球資格回復制度を通じて指導資格を回復させ、高校や大学での指導が可能となった。恩師である栗山英樹氏(現日本ハムCBO)もキャスターから日本ハムの監督に異例の転身を遂げただけに、斎藤氏も同じ道を歩んでも不思議ではない。
引退から2年後の23年に本紙がインタビューした際には「僕もいつか現場に関わりたいという気持ちもありますし、現場の感覚をなくさないよう勉強しています」と明かしていた。3年ぶりに直撃すると、こんな言葉が返ってきた。
「野球は見れば見るほど本当に難しいスポーツだな、と強く感じるようになりましたね。今年のWBCを見ていても、あれだけすごいメンバーが集まっても連覇の壁は高かったわけですし…。野球は本当に難しい。見ている人が(現場から)遠い存在であるからこそ、純粋に楽しめるんだなと思うようになりました」
キャスターとして、そして一ファンとして一歩引いた立場から野球を見るようになったからこそ新たな〝気づき〟があったという。
それだけに「もちろん決して戻りたくないわけではないんですが、今は(現場から)すごい遠い存在になっているのが正直なところです。離れたからこそ、そのすごさと大変さが分かりましたし『野球選手って本当にすごいんだな』『栗山監督は本当に偉大な方だな』と最近は特に強く思うんです」といっそう畏敬の念を抱いている。
それでも変わらないのは〝野球愛〟と、自身を育ててくれた野球界への〝恩返し〟への思いだ。「はらっぱスタジアム」では海外からも少年野球チームを招いて国際交流試合を開催するなど、精力的に野球振興に尽力。現場の形は違っても、誰よりも愛する野球のため「佑ちゃん」なりのアプローチは今後も続いていきそうだ。
【夏の甲子園の伝説】斎藤佑樹氏といえば、早実時代の06年の夏の甲子園大会・決勝の3連覇を狙った駒大苫小牧と引き分け再試合での熱投だ。8月20日の1試合目は延長15回を完投し、178球、7安打1失点、16三振で完投、翌21日の再試合は9回を2被弾を含む6安打3失点、13奪三振。最後は田中将大を空振り三振に仕留めて、早実に夏の甲子園初優勝をもたらした。
7試合に登板したのは大会史上初で、通算69イニングは1969年の太田(三沢)の64イニングを更新する大会新記録。1大会78奪三振は58年の板東英二(徳島商)の83奪三振に次ぐ2位だった。また、4試合連続2桁奪三振は史上5人目の快挙だった。斎藤氏の〝偉業〟は夏の甲子園の伝説として今でも輝き続けている。














