ソフトバンクは今季限りで現役を退く中村晃内野手(36)の引退試合となった27日のオリックス戦(みずほペイペイ)で、12―5の快勝を収めて5連勝を飾った。功労者の花道を飾る先発全員の21安打が乱れ飛び、中村晃は「6番・一塁」でフル出場し、惜別の一打で終止符を打った。
初回の第1打席でファーストストライクを積極的に振り抜いて右中間に鮮やかな二塁打。2打席目以降は凡退したが、プロ最後の安打を喜ぶ姿よりも、凡打後に口を真一文字に結ぶ姿が印象的だった。
名門・帝京の4番として高校通算60本塁打をマークし、2007年の高校生ドラフト3位で入団。通算1662試合に出場し、1522安打、69本塁打、556打点を積み重ねた。13年からレギュラーに定着し、14年には最多安打のタイトルを獲得。18年まで6年連続で規定打席をクリアした。20年からは一塁手で4年連続のゴールデン・グラブ賞を受賞。チームの世代交代が進む近年は「代打の切り札」として矜持を示し続けた。
「常勝の魂」を引き継いだ使命を誰よりも重く受け止めていたはずだ。6月に引退を決意し、引き際の美学を貫いた。首脳陣はポストシーズンも戦力として計算。当初、この日は「引退セレモニー」の予定だった。だが、本人は「成績も悪いし、気を使われるのも嫌。監督やコーチ、球団フロントの方にも相談して、最後は自分で決めた」と譲らず、直前に「引退試合」に切り替わった。
〝強い選手〟の象徴だった。猛練習で体の耐久性を高め、人よりも時間をかけて練習することで技術を習得。そこに人並み外れた精神力を備えて、鷹の生存競争を勝ち抜いた。19年には「自律神経失調症」を公表。自分に正直であり続けた男は病と向き合い、翌年には完全復活し、野球界にとどまらず希望を届けた。
ホークスひと筋19年。忠誠を尽くした中村晃に、球団はふさわしいレールを敷く方針だ。「4連覇、5連覇、6連覇と続けられるようなチームを、選手としてではなく、裏側から支えられるような人間になっていきたい」。技術を伝承し、意志を継承し、常勝の安定を支える。












