エボリューションの諏訪魔(49)が、全日本プロレス時代の盟友で26日に44歳の若さで死去したジョー・ドーリングさんを追悼した。

 米国・シカゴ生まれのドーリングさんは、2007年6月に全日本プロレスに留学生として来日。14年には諏訪魔を下して3冠ヘビー級王者となるなど、最強外国人選手として活躍した。だが、16年に脳腫瘍と診断され、摘出手術を受けるも22年に再発するなど、長年にわたって闘病生活を送っていた。

初来日時のジョー・ドーリングさん(2007年6月)
初来日時のジョー・ドーリングさん(2007年6月)

 訃報を受け取材に応じた諏訪魔は「いやあ、もう本当にショックで頭が真っ白になったというか。思考が停止するような衝撃を受けましたね。なんか奇跡を起こしてくれるんじゃないかって(思っていた)。あんなバケモノみたいな人間が病に倒れるかって」と動揺を隠せなかった。

 ドーリングさんとは3冠戦を戦っただけでなく、13年には世界タッグ王座を獲得して世界最強タッグ決定リーグ戦を制するなど、ライバルであり盟友という深い関係だった。「組んでも戦ってもいい思い出がある。とにかく一発一発が強烈で、レボリューションボムの破壊力は半端じゃないなって、恐ろしさをよく覚えてますね」と振り返った。

 若手時代からその努力を間近で見てきた。「必死に合同練習してヒーヒー言いながらやってた思い出もあるし。試合もすごいと思うんですけど、アイツは中身が日本人なんだよね。考え方がとにかく真面目だし、優しいしね。でも怒れば怖いし、プライドも高かった」と人柄を明かしつつ「プロレスに対する考え方が俺と似てたんだよね。『全日本プロレスはこうあるべきだ』なんて話をよくしましたし、全日本プロレスを愛してましたよね」と懐かしんだ。

元祖「エボリューション」の(左から)佐藤光留、諏訪魔、ドーリングさん、青木篤志さん(2016年)
元祖「エボリューション」の(左から)佐藤光留、諏訪魔、ドーリングさん、青木篤志さん(2016年)

 13年6月に全日本プロレスは分裂し、選手が大量離脱。諏訪魔とドーリングさんが所属していたユニット「ラストレボリューション」は継続不可能となった。そこで2人で始めたのが「エボリューション」だ。現在はその名を冠した団体の専務を務める諏訪魔は「ジョーと話して『進化させてやろう』ってことでエボリューションにしようよ、と。ジョーがいなかったらエボリューションはないわけですから。ジョーのためにも戦わないとなって思いますね」と誓いを新たにした。

「本当もう、お疲れさま。ゆっくり休んでくれって思うね。天国で暴れすぎるなよって」とドーリングさんにメッセージを送った諏訪魔。最後まで病と戦った暴走機関車の思いを受け継ぎ、進化の道を歩み続ける。