【プロレス蔵出し写真館】6月の23日は〝極悪大王〟ミスター・ポーゴの命日だ。ポーゴは2017年(平成29年)に66歳で死去した。

 命日に先駆け、14日にゆかりのある人間と群馬・伊勢崎市のポーゴの墓所・天増寺に墓参りに行ったというフリーのプロレスラー戸井克成は、「7年前、僕が音頭を取って墓参りに行くようになりました。僕はポーゴさんにプロレスラーにならしていただいたようなものですから」と語る。

ポーゴの墓参りをする戸井(左から3人目)、ラーメンマン(中央)ら関係者(2026年6月、群馬・伊勢崎市の天増寺)
ポーゴの墓参りをする戸井(左から3人目)、ラーメンマン(中央)ら関係者(2026年6月、群馬・伊勢崎市の天増寺)

「W★INGの旗揚げ戦の前日、皆が集まった練習でヘッドハンターAとやった練習試合をポーゴさんが褒めてくれた。『明日試合出てみる?』と言っていただいた」(戸井)

 1991年(平成3年)8月7日、後楽園ホールの旗揚げ戦で戸井は「戸井マサル」のリングネームでジプシー・ジョーとデビュー戦を行った。

 ところで、ポーゴといえば〝邪道〟大仁田厚と数々のデスマッチで名を馳せたが、96年(平成8年)は様ざまなインディ団体に特別参戦して、様々な選手にトレードマークとも言える火炎噴射をお見舞いした。

 1月5日、WARの大阪大会で天龍源一郎。1月18日は西日本プロレスの熊本大会で徳田光輝とホーデス・ミンに。前年11月29日、東京プロレス高松大会で石川敬士に敢行して、96年の1月22日に後楽園大会でシングル対決を行った。

 2月16日にはFMW熊本大会に出場したが、火炎噴射はなし。「大仁田厚がいねーから、オレの相手がいねーんだよ。てめーらみてえなFMWなんか…クソ食らえだ!」。暴言だけだった。

 まさに売れっ子フリーレスラーだったポーゴの面目躍如だったのは、96年1月10日にみちのくプロレスの札幌大会に参戦したときだった。

 ポーゴはメインイベントのストリートファイトタッグで愚乱・浪花と組み、ザ・グレート・サスケ&謎の巨人マスクマン、グレート・ゼブラ組と対戦した。

 ゴング前にサスケがポーゴに襲いかかり、試合は最初からヒートアップする。正統ファイトを貫くサスケ組に対し、ポーゴは凶器を持ち出し、やりたい放題。15分すぎ、ポーゴはサスケのマスクを引き裂き首にチェーンを巻きつけるとロープに縛り付けた。そして、身動きの取れないサスケに火炎噴射を見舞った(写真)。

 場外に落ちたサスケに続けざま2発目を噴射。黒いコスチュームの背中に引火して、炎にまみれたままサスケは会場の外へ飛び出した。ポーゴも追いかけ2人は雪の上で乱闘を繰り広げた。

 会場へ戻って試合が再開され、サスケは浪花を捕らえサンダーファイヤーを決めてフォールを奪った。するとポーゴは、浪花の上に乗っているサスケに向かい火炎噴射、3発目をお見舞した。

 パートナーの浪花も炎に巻き込まれたが、ポーゴはお構いなく引き揚げたのだった。

 サスケは「やりたい放題やられました。腹が立つ。シングルで勝ってケジメをつける」と決意を新たにし、ゼブラは「思うツボだってやつだな。組んだパートナーまで焼いちゃう奴、初めて見たよ」とあきれ顔だった。

 ポーゴは「あのカニ野郎(浪花)に頭にきたから2人一緒に燃やしてやった」とうそぶいた。

ポーゴの火炎噴射を浴びたサスケは背中が燃えたまま外へ飛び出した(1996年1月、札幌)
ポーゴの火炎噴射を浴びたサスケは背中が燃えたまま外へ飛び出した(1996年1月、札幌)

 まさにポーゴは傍若無人だった。

 戸井は「96年はポーゴさんが一番稼いでいたとき。しょっちゅう、おごってもらってました」と語り、改めてポーゴの思い出を振り返った。

「ポーゴさんと組むと、必ず流血戦になります。僕は流血戦に抵抗あったんですよね。ポーゴさんに『血出てないぞ!』ってしょっちゅう試合中に怒られてました」

「ポーゴさんって必ず火噴くじゃないですか。灯油を口に含んで噴くでしょ。絶対体に良くない。たまに試合終わってから、フラフラしてたことがあった。千鳥足で酔っ払ってるようだった。『ポーゴさん体に良くないですよ、危ないっすよ。もうやめた方がいいですよ』って言ったら、『火噴かなきゃポーゴじゃねぇ』って。さすがプロだなと感心しました」

「僕もポーゴさんと戦う時は火噴かれてたんですけど、どんどんどんどんポーゴさんの肺活量が弱くなっていって、最初は胸のあたりに来たんですけど、最後の方は届くか届かないかって感じで…。結局、ああいう形で亡くなっちゃったんで。(死因?)股関節の手術中。麻酔のミスとも言われていますね。警察も入って調べたんです。亡くなった年の4月にお見舞いに行ったときには『復帰するから』と言ってたんですが…」

「まだプロレスラーでやっていられるのも、ポーゴさんとの出会いがあって、W★INGに参加していた一流の外国人レスラーに指導されたおかげです。ポーゴさんには感謝しかないですね」

 戸井はそう言って目を伏せた。存命なら75歳になるポーゴに合掌(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る