【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】夢を追い続けた人の言葉は、時に驚くほどまっすぐ胸に届く。
正直、とても盲点だった。「左利きの内野手は大リーグにいない」ということ。正確には一塁手を除いてなのだが、近年ではその一塁手も片手で数えられるほどで、左投げでも通用する外野手も減少傾向にあるという。左利きで才能のある選手は、投手になっていくことも多い。
細かい話はさておき、特に内野手が右投げである必要性は、ボールを捕って一塁へ送球する動作が最も多いからで、当然と言えば当然だ。ただ、カルロス・コルテスと話すまで考えたこともなかったので、なんだかものすごく目からウロコだった。
「3~4歳じゃないかな? 物心ついた時から野球選手にしか、なりたくなかった」
そう話す彼は8歳の頃、父フアンさんが少しでも野球での可能性を増やせるようにと、左利きだった息子に右投げのトレーニングを開始。最初は半ば強制的にやらされ「本当に惨めだった」そうだが、努力の甲斐あって14歳頃には自然に投げられるようになり、珍しいスイッチ・スローアーとして多くのポジションでプレーできるようになった。
「父にはよく怒鳴られたよ」
懐かしそうに笑いながら、肩をすくめたカルロス。昨年7月にデビューしたばかりだが、6年半という長い下積みを経ているからか、どこか落ち着きと貫禄がある。その彼が幼少期、何をそんなに怒られていたのかと思ったら「僕があまりにも勉強しなかったから」と、とても普通だったので笑ってしまった。
「興味があることはいくらでも集中できるけど、勉強だけはどうしても興味が持てなかったんだよね。ちょうど思春期にも入り始めて、なんとなく自分は全てを知っている気になってるでしょ? 僕は野球をやるんだって。勉強はどうしても意義を感じられなくて。父にひたすら怒鳴られて、なんとかやった感じ」
一定の成績を維持しないとスポーツで奨学金を得られないことも多いため、今どきの選手からはそつなく勉強もこなしていた話をよく耳にする。だから、ここまではっきりしているのは、ある意味で新鮮だ。それを伝えると、カルロスは誇らしそうに「その代わり、野球には人生を通して全力を注いできたよ」とほほえんだ。
「父がまだ大事に保管していると思うけど、小学生くらいに『将来の夢』を書いたりするでしょ? 僕は野球選手とだけ書いた。絵まで加えてね。僕は絵心が全然ないんだよ。すごくヘタで、今でも棒人間しか描けないけど、その時も棒人間に大きなバットを持たせてさ…」
クラスに1人はそんな子がいたな、と思わず懐かしくなる。そんな〝野球少年〟だったカルロスも、今は野球との向き合い方が変わったという。
「家族を支えるためにやってる。確かにすごく楽しいゲームだけど、全てはファミリーのため。野球でうまくいかなくても、家に帰って娘の顔を見たら一瞬で忘れるんだ」
まな娘のアリアちゃんは2024年10月生まれ。そのオフ、カルロスはマイナーリーグのFA権を獲得し、アスレチックスと契約した。何が転機になったかは分からない。ただ、まるで別人のように打ち始め、デビューを果たしただけでなく、今や打率3割を維持するチームの要だ。
「今は夢の中を歩いている気分だよ」
そう言う彼に、少しだけ意地悪な質問がしたくなった。「もし明日、野球がなくなったら?」
「自分は野球に全力をささげたから、そうなっても構わないよ」
アスレチックスには、かっこいいルーキーがいる。
☆カルロス・コルテス 1997年6月30日生まれ、米フロリダ州オーランド出身。2016年ドラフト20巡目でメッツから指名も契約せず、サウスカロライナ大へ進学。18年ドラフト3巡目(全体83位)でメッツ入りし、24年オフにアスレチックスとマイナー契約。25年7月にメジャーデビューを果たした。左打ちで左右両投げの珍しい外野手として注目され、今季は打率3割台を維持するチームの要に成長。170センチ、89キロ。












