【昭和~平成スター列伝】ミスター・プロレスこと天龍源一郎と“炎の飛龍”藤波辰爾が12日にトークショーを行い、プロレス界の現状に緊急提言を放った。天龍は「頑張って自分たちの土地を耕さないと、自分たちが伸びる栄養素を吸い取れない。そこを肝に銘じてプロレス界のために頑張ってほしい」と厳しい言葉を放った。
現役時代、その言葉を天龍は実践してきた。全日本、SWSを経てWARを旗揚げすると新日本からFMWまで戦いの場を求めて、自らの戦場を耕した。様々な選手と戦った藤波も「プロレス界だけの破天荒な部分、自分の個性をもっともっと出してほしい」とアドバイスしている。
そんな2人は1996年4月29日東京ドーム大会で歴史に残る激闘を演じている。天龍は93年から新日本侵攻を開始して同年9月26日大阪城ホールで初対決。この時は藤波がグラウンドコブラで勝利。同年12月15日両国国技館では天龍がパワーボムで雪辱。そしてドームの大舞台で“両龍”は決着戦に臨んだ。
「血まみれの凄絶ファイトの中でW龍の魂の華が咲いた。ついに実現した2年4か月ぶりの一騎打ち。過去1勝1敗。実力者2人の運命の戦いは藤波の猛ラッシュで幕を開けた。ショルダーアタックから張り手3連発、間髪を入れずドラゴンスクリュー。たまらずリング下にエスケープした天龍に今度はドラゴンロケットを発射した。1発、2発…しかし3発目を狙った藤波に天龍のパンチが飛び、鼻から激しい鮮血が噴き出した。返り血を浴びながら容赦なく藤波の鼻へキックを叩き込む天龍。さらにはラリアート、パワーボム、ダイビングエルボー、投げ捨て式脳天砕きと続く。藤波も意地を見せ裸絞めからドラゴンスリーパー。しかし天龍の後頭部、ノド元へのラリアートを食らって力尽きた。鼻骨骨折と診断された藤波は病院へ直行した」(抜粋)
後日、本紙連載「龍魂激論」で対談した際、藤波は「鼻から出血が止まらず、ボコッてドス黒い血の塊が出てきてね。鼻の穴に棒を入れて麻酔なしで1週間かけて骨を戻したんですよ。息子(プロレスラーのLEONA)も僕が死んだと思ったって。今、鼻がペチャって潰れて鼻声になってるのもあの試合のせいですよ」と訴えたが、天龍は「それは災難でしたね」のひと言で済ませてしまった…。とにかく両雄の意地が正面衝突した名勝負だった。
「レスラーに言いたいことは、お前たちが頑張らないと、お前たちの伸びる土壌を食い潰しちゃうよということ」と厳しい姿勢を見せた天龍。ミスター・プロレスのメッセージは現役の選手にどう響くのか。 (敬称略)













