2度目のWBC連覇をかけて臨んだ侍ジャパンは14日(日本時間15日)の準々決勝ベネズエラ戦(ローンデポ・パーク)に5―8で敗れ、野球日本代表としては五輪、WBC、プレミア12の主要3大会で史上ワーストのベスト8での敗退となった。“国辱”とも言える要因は決して一つではないが、用兵や作戦面での疑問は残る。チームを指揮した井端弘和監督(50)の采配は果たして正しかったのか――。

 まさかの歴史的敗退だった。東京ドームで行われた1次ラウンドは全勝で突破した侍ジャパンだったが、渡米後初戦となった準々決勝ベネズエラ戦では乱打戦の展開の末、力及ばず5―8で敗戦。1984年のロサンゼルス五輪後、主要大会でベスト4を逃したのは初だ。責任を重く受け止めた首脳陣、ナインらは悲痛な面持ちのまま、笑顔なき帰国となった。

 招集を発表していた救援投手らが大会直前になって立て続けに負傷離脱したほか、大谷翔平(31=ドジャース)らメジャー選手の起用に厳しい制約があったことなど、数えきれない多くの足かせが侍ジャパンを苦しめ、敗因となったことは間違いない。一方で、チームのトップとして井端監督の采配にかかる責任も、避けられないだろう。

 大前提として、井端監督はトップチームでの指揮経験のないまま就任することを余儀なくされたため、監督としての経験値が少ないことは致し方ない点ではある。その事実を踏まえた上で、球界内からは「井端監督の采配は短期決戦の戦い方ではなかった」と指摘する声も出ている。

 監督経験のある球界OBの一人は「采配は結果論でしか語れない」と前置きすると「ポストシーズンを含め、短期決戦ではとにかく相手より先に動かないことには絶対に主導権を握れない。もちろん先に動いて失敗することもあるんだけど、あらゆる手を考えて、先手先手を打っていかないといけない。その点、井端監督の采配はいつも後手に回ってしまっていた感じは否めないよね」と指揮官の姿勢を批評した。

 実際、ベネズエラ戦では初回に負傷した鈴木に代わり2回から途中出場した森下を除き、3点を追う9回一死から若月に代わり代打・近藤を出すまで野手の選手交代はなし。ベンチには近藤と捕手陣を含め6人の打者が準備していたが、流れを変えるべく起用されることはなかった。右打者が並ぶベネズエラ打線に対して2番手に左腕・隅田を起用したことも疑問が残る。

 また、惜しくも優勝はかなわなかった2024年のプレミア12の決勝・台湾戦(東京ドーム)でも同様のケースは見られた。4回まで好投していた先発の戸郷が5回から一転、先制ソロを被弾後に一死から連打を浴びてさらにピンチを招くも、指揮官は右腕の交代は行わず。結果的に3ランを被弾し、決定的なリードを奪われる結果に終わった。

 前出関係者の言葉通り、采配は結果論でしか語れない部分が多くを占めることに加え、井端監督の指揮経験が浅いことを承知の上で契約しており、強くは責められない部分もある。しかし、短期決戦の戦法としてはあまりにも「後手後手に回った」ことは事実だ。早めに動いていれば…。そんな思いを多くの野球ファンが感じている。