現在のベルーナドームがある場所には昔、「西武園球場」という軟式野球の球場が存在しました。その地に、後に西武ライオンズのオーナーとなる堤義明さんがプロ野球の興行も可能な球場を建設することを考え、現地視察に同行させていただきました。

 堤さんに「ここに球場を造ろうと思うがどう思うか?」と聞かれ「センターとホームを逆にした方がいいと思います」。「どうしてだ?」という質問には「逆にするとスタンドからユネスコ村も見えるし、秩父の山も見える。観客にとって景色のいいところで野球観戦ができると思います」。「太陽はどうだ?」という問いには「選手はサングラスをかければプレーに差し支えありません」と応じました。

 すると堤さんは「よし、分かった! ここに球場を造ろう! 長谷部! 線路を球場近くまで延ばせ!」と西武鉄道の長谷部部長にその場で命じました。狭山丘陵に立ち、景色の素晴らしさを感じ、西武園球場の向きを変え、第二球場、第三球場と選手寮を造ることを考案させていただきました。

 球場建設プロジェクトの第1回会議で「狭山湖駅では分かりません」と進言すると、社員の方々からは「西武グループの社員でありながら、狭山湖駅を知らないなんてモグリだ」と白い目で見られました。ですが、社員は知っていても一般認知度となれば「?マーク」がつきます。

 狭山湖といえば当時、学校の遠足で人気がありました。そこに球場がある事実すら多くの人々が知ることではなかったはずです。だから、駅名を変えることも提案しました。「西所沢駅」から伸びる支線である狭山線の終着駅「狭山湖駅」は駅の改札を出たら目の前に球場が現れる「西武球場前駅」とは違い、西所沢寄りにありました。

 そうなると、ファンの方々は球場まで徒歩で移動しなければいけません。そこで堤さんがどうしたかというと、線路を延伸して駅ごと球場直結エリアに移設させることを即断即決したんです。

 西武池袋線、西武新宿線ともに西所沢駅での乗り換えが必要なため、各線から「西武球場前駅」まで直結で30分で到着する列車を走らせる提案も行いました。ですが、用地取得などの問題があり却下。周辺に狭山湖、多摩湖が存在する立地が「雨の通り道」と察知し、将来的には屋根を付けることができることを想定した設計も提案させていただきました。

 この当時、私は早大監督5年目でした。早大・安部球場での練習中にネット裏へのファウルボールがどれほど飛ぶのかを計測するなど、私の頭の中には絶えず新球場設計の構想がありました。その姿を見ていた野球部OBたちには不審に思う者もいたはずです。

 これは、球場バックネット裏上部に設置したラウンジに起因します。例えばご夫婦で西武園でゴルフをラウンドした後、食事を楽しみながらナイター観戦するとしましょう。そこにファウルボールが飛んだ時、ガラスが割れてはいけませんから。新球場建設へ向け堤さんと私の想像力は際限なく膨らんでいきました。