巨人の田中将大投手(36)が30日の中日戦(東京ドーム)に先発し、6回2失点。チームも4―2で勝利し、今季3勝目を飾って悲願の日米通算200勝を達成した。〝4度目の正直〟でかなえたメモリアル勝利。史上4人目の大偉業達成を受け、2006年の夏の甲子園で球史に残る激闘を繰り広げた「盟友」斎藤佑樹氏(37)を直撃すると、祝福のメッセージとともに熱い思いも寄せてくれた。

 ついに「大台」に届いた。田中将は初回を無失点スタートとすると、打線が直後の攻撃で岡本の適時打などから一挙3点を先制。心強い援護点をもらった右腕は3回に細川に20号2ランを被弾し1点差にまで詰め寄られたものの、その後は立て直して6回まで無失点投球を繰り広げた。7回からバトンを託された救援陣も中川―田中瑛―大勢―マルティネスと盤石の無失点リレーで締めくくり、のどから手が出るほど欲しかった200勝目が右腕に贈られた。

2006年、夏の甲子園決勝。最後のバッター・駒大苫小牧の田中将大(右)を空振り三振に打ち取った早実・斎藤佑樹
2006年、夏の甲子園決勝。最後のバッター・駒大苫小牧の田中将大(右)を空振り三振に打ち取った早実・斎藤佑樹

 田中将が「いやもう、本当にうれしいです。時間はかかってしまいましたけれど、今日をこうして迎えることができてうれしいです」と喜びをかみしめると、阿部監督も「時間はかかりましたけど、頑張ってくれました。こっちもドキドキして見てたんですけど、最近数試合はずっとゲームを作れていたので、信じて見ていました」と頬を緩めた。

 待ち望んだ偉業達成に、あの夏の「盟友」も笑顔を見せた。2006年の夏の甲子園・決勝戦で投げ合った「ハンカチ王子」こと元日本ハムの斎藤氏を直撃すると、快く思いを明かしてくれた。

 自身の引退後も田中将の奮闘は欠かさずチェックしていたという斎藤氏は「本当におめでとうございます。高校野球からはじまり、楽天、ヤンキースと常に第一線で活躍されてきたことは本当に素晴らしいこと。200勝という記録も『本当にすごい』の一言ですよね」と祝福。さらには「(田中将は)自分にとってはずっと憧れの選手です。僕たちの世代を代表するトップ選手ですからね。その気持ちは今でも変わりません」とも力説した。

 またあの仲間たちと戦いたい――。伝説の夏から約20年が経過した今、斎藤氏の中にはある夢があるという。「あの夏の両校のメンバーで集まるたびに『いつかまた絶対、甲子園で試合をやりたいね』という話になるんです」(斎藤氏)。

 その願いは形となり、9月某日には自身が北海道に手掛けた球場「はらっぱスタジアム」で当時の早実、駒大苫小牧のメンバーが集まって交流戦を実施。早実&駒大苫小牧ナインたちが抱き続けていた夢も時を経て結実しつつある。

「もちろん、あの夏に戦った僕たちの同窓会のような意味合いもあるんですが、違った思いもあるんです。高校野球だったら3年間、大学野球だったら4年間あると思うんですけど、そこですべてが終わりではないと思っていて。引退して時間がたって大人になっても、こうしてみんなで集まれるし『つながりはずっと続いていくんだよ』と。それが野球の魅力でもあるし、特に高校球児たちのような若い選手たちにそのようなメッセージを伝えられたらいいなと思っているんです。(田中将とも)いつか試合をできれば、と願っています」(同)

 東京ドームで栄光の勝利を手にした田中将だが、ここはあくまでも通過点。レジェンド右腕のプロ野球人生はまだまだ続いていくが、いつの日か「マー君」と「佑ちゃん」が聖地で再び邂逅(かいこう)する日が来るのかもしれない。