阪神・原口文仁捕手(33)が29日に今季限りで引退することを表明した。タイガース一筋のプロ人生に16年目でピリオドを打つ「虎の功労者」に対して静かに思いをはせる男がいる。さかのぼること9年。原口がスタメンマスクでプロ初本塁打を放った2016年5月4日、先発マウンドに立ってプロ初勝利を挙げた横山雄哉さん(31)だ。あの輝ける日にバッテリーを組んだ左腕から熱いメッセージが届いた。

 そのメモリアルデーはナゴヤドームでの中日戦だった。原口は2点リードの4回、吉見から左翼席にプロ1号3ランを放った。自身のバットで2年目の左腕を援護。リードしては7回3安打6奪三振、無失点の快投に導いた。若きバッテリーとしてはこの上ない記憶だろう。

「いや本当にうれしかったですね。原口さんさまさまです。ウイニングボールも原口さんの手からもらったことを覚えています」(横山さん)と振り返る。

 横山さんは現役を退いた後、21年からタイガースアカデミー専属コーチとして活動していた。その当時、仕事が遅くなり甲子園に戻ると、真っ暗な室内練習場で人知れず努力を重ねる原口の姿を発見した。

「広い室内練習場の本当に隅っこの一個だけ電気がついていて。汗だくで黙々とバットを振っている人がいたんですよ。もうナイターも終わって午後10時半は過ぎてました。ただただバットを振り続ける人は誰かとよく見たら原口さんなんです。鬼気迫るというか、声も掛けられなかったですね。努力とはよく言いますけど、努力のレベルが違う」

 若き日には度重なる故障に悩まされ、19年1月からは大腸ガンとの闘病も続いた。それでも誰にも見えないところで、努力を重ね続けた「本物」を横山さんは目撃していた。プロ野球には華やかな瞬間も、泥くさい舞台裏もある。今季限りでプロの第一線を退く、原口先輩の背中を見た瞬間だった。

 横山さんは現在、尼崎・塚口で焼き肉店「虎のゆうや」を営む。「オープン時には原口さんからも祝いのお花をいただいて、感謝しています。引退後に落ち着いたら『お疲れさまでした』の焼き肉を贈らせてください」とはにかんだ笑顔を見せた。かつて交わしたバッテリーの〝阿吽(あうん)の呼吸〟は時間を超えても生き続けているのだろう。