【昭和~平成スター列伝】世界的人気を誇る米プロレスラーでWWE殿堂者のハルク・ホーガンさん(享年71)が7月24日に急死してから、1か月がたとうとしている。スーパースターの逝去には今でも各界から追悼の声が寄せられ続けている。

天龍は入魂のパワーボムをホーガンに決める
天龍は入魂のパワーボムをホーガンに決める

 多くの偉業を達成しているホーガンだが、実は東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」年間最高試合賞も獲得している。1991年12月12日のSWS東京ドーム大会で行われた“ミスタープロレス”こと天龍源一郎戦だ。

 当時、全盛期にあった天龍との初シングルは大きな注目を集め、実に超満員6万1500人の大観衆を集めた。全く違うタイプの激突ながら試合は「これこそプロレス」と呼べる名勝負となった。

「勝負をかける時にしか着ない“昇り龍”のガウンを着て登場した天龍。ホーガンは右手を天に差し上げ“1番”を連呼し、胸で十字を切る。日米頂上対決の熱闘ムードは早くもピークを迎えた。まずはホーガンが左手を取って体を回転させ、逆十字固め。パワーのホーガンがレスリングを仕掛けてきた。動揺する天龍をコーナーに叩きつけアックスボンバーの洗礼だ。空中ヒザ爆弾で大の字にさせるも、着地の時に軸となる左足をひねってしまった。攻守が入れ替わり、天龍は延髄斬りを叩き込むと、場外へ叩き落としイスを振り下ろす。リングに戻ると必殺のパワーボムだ。大きなホーガンを顔の前まで持ち上げてマットに叩きつける。カウント2・5。あと一歩のところで仕留められない。その後もデスロック、顔面キック、勝負をかけたラリアートも、ホーガンがカウンターのアックスボンバー。リングに大の字の天龍にエルボーを2連発。ギロチンドロップでカウント2。延髄斬りを決めて起き上がってくる天龍に決着のアックスボンバー2連発だ。無情の3カウント。夢の日米頂上対決はホーガンの勝利に終わった」(抜粋)

 試合時間13分57秒ながらプロレスの醍醐味が凝縮された名勝負だった。

 天龍は後日、「ホーガンとはSWSの時に一度、タッグを組み、一度シングルで戦ったがレスラーとしては器用でも上手でもなかった。ただプロレスの既成概念を超越したあの肉体はすごかった。しかも当時はWWF(現WWE)のスーパースター。全身に独特のオーラをまとっていた。パワーも並大抵じゃなかった。そのホーガン相手にベストバウトを取ったのは俺の誇りでもあるよ。負けたことだけは今でも『コンチクショー』と思うけどな(笑い)」と述懐している。

 両雄の接点はこれが最初で最後だったが“超人”と“ミスタープロレス”の激闘は、間違いなくプロレス史に刻まれる屈指の名勝負だった。 (敬称略)