中日・中田翔内野手(36)の引退発表を受け、〝元女房役〟の西武・岡田雅利育成担当兼人材開発(36)がねぎらいの言葉を向けた。

 大阪桐蔭高校時代は「投手」として甲子園でも雄姿を見せていた中田の球を、入学当初から受けていたのが同学年の岡田氏だった。「1年生の最初の練習で中田がランニングシューズのまま145キロのストレートを投げていた。高校に入って最初の衝撃でした」と懐かしそうに振り返った。

 中田は度重なる腰痛に悩まされ、最後まで克服することはできなかった。岡田氏は「腰が悪いのは知っていました。去年、僕が引退した時には『俺も体が万全じゃないから』と言って、ヒザも悪いような話をしていた。僕らの世代は中田が最後まで長くプレーしてくれると思っていたので、めちゃくちゃ寂しいです」と肩を落とした。

試合前にじゃれあう日本ハム・中田翔(左)と西武・岡田雅利(2015年)
試合前にじゃれあう日本ハム・中田翔(左)と西武・岡田雅利(2015年)

 思い出を語ればキリがない。そうした中からもプロ入り前の社会人・大阪ガス時代に、日本ハムの大阪遠征中に中田からよく食事に誘われていた時のことを口にした。

「僕が社会人時代、遠征で大阪に来た時によく食事に連れて行ってもらいました。その席で『お前はプロに来い!』と言ってくれていた。その一方で『お前の実力じゃ無理だぞ』とも忠告されていて、高校を出たてのコンちゃん(ソフトバンク・近藤健介=当時捕手)を連れて来て、そのすごさをとくとくと説明していた(笑い)」

 岡田氏が西武に入団した後は、チームの札幌遠征のたびに中田の自宅に呼ばれた。そして、同じ大阪桐蔭の同学年である夫人の手料理をごちそうになりながら、野球談議に花を咲かせた。

「家に呼ばれてよく言っていたのが、栗山監督(現日本ハムCBO)のことですね。『あの人がいなければ、今の俺はない』ということは常に言っていた。それだけ中田の全てを受け止めて、本気でぶつかってきてくれた監督だったんでしょう。本人は心から感謝していました」

 中田といえば、ビッグマウスやさまざまな語録でもファンを楽しませてきた。岡田氏は「高校入学直後から〝オラオラ系〟でしたけど、あえて強気なことを言っているんですよ。『そうやって言わんと、俺頑張らんし…』と言ってましたからね」と〝真意〟を明かしながら引退を惜しんでいた。