【プロレス蔵出し写真館】「なんであんな記事になった! キチンと調べたのか! 本当にめちゃくちゃ頭きてる」。〝天龍火山〟が噴火した。
「武藤(敬司)とオレが全日本プロレスの社長の座を争って、(オレが)下工作をしたみたいに書かれてる。なんであんなふうにまとめるんだよ!」。天龍源一郎から猛抗議を受けた。
天龍が激怒した記事は、6月29日に配信した当コラム〝天龍源一郎「全日本次期社長=武藤敬司」にメラメラ対抗心 元子さんとWWE視察でアピールも及ばず〟。
内容は、天龍が社長勇退を決めていた馬場元子さんを伴ってWWE(のハワイ興行)を視察したのは、力を見せつけるため。新日本プロレスから移籍してきた武藤と元子さんの蜜月ムードが充満して、次期社長という説が確実視されており〝外様〟に社長の座を奪われては…と元子社長の〝懐柔作戦〟に打って出たというもの。
天龍は2000年(平成12年)7月2日、全日プロの後楽園大会に電撃登場し、元子夫人とガッチリと握手を交わし、全日に復帰した(写真)。1990年4月19日の横浜文化体育館以来となる10年ぶりの全日リング登場だった。
天龍は「馳(浩)にも巡業中に『天龍さんが全日本に来たのは社長になる約束があったの?』って聞かれた。オレは『なに言ってんの。オレはそんな気持ちさらさらないし、そんな約束ないよ』って言ったのも覚えてる」と明かす。
「武藤には、元子さんが株を譲って社長になってほしいって話があったけど、オレのとこにはそんな話、かけっぽち(=これっぽち)もなかったからね。一番頭にくるのは、あの記事を読んだ人に今になって、ああだこうだネットで書かれてるのがしゃくに障るんだよ。本当にいらぬことで、蒸し返してくれるなよ! やっとおとなしくリタイアしてるのに」と憤慨する。
武藤は02年2月に小島聡、ケンドー・カシン(※馳の誘い)を連れ、全日に移籍。全日の株式上場を視野に入れていた武藤は新日本プロレスの幹部社員を伴っての移籍だった。前年末に馳から「全日本に来ない?」と声をかけられたことを明かしていた。
02年9月30日、東京・永田町のキャピトル東急ホテルで全日の創立30周年記念パーティーが行われ、元子社長が勇退を発表して10月1日付で武藤の新社長就任が発表されたのだった(天龍、川田利明、渕正信は取締役就任)。
「ジャンボ鶴田に負けてることより頭きてるよ」。天龍は最後にそう言ってなごませてくれた。
大変、申し訳なかったです。心より謝罪します(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る













