〝燃える闘魂〟からのメッセージは届いていた――。プロ野球巨人終身名誉監督の長嶋茂雄さんが3日、都内の病院で肺炎のため死去。89歳だった。プロレス界のスーパースターだった故アントニオ猪木さん(享年79)のライセンスの運営管理を行う「猪木元気工場(IGF)」は、公式X(旧ツイッター)に「長嶋茂雄氏逝去の報に接し謹んでお悔やみ申し上げます」と投稿して追悼した。

 長嶋さんと猪木さんはともに昭和の国民的英雄で、誕生日も同じ「2月20日」だった。ただ、2人の接点はほとんどなく、2ショット写真も限られている。一方で2003年暮れにテレビ番組の企画で顔を合わせた際には、猪木さんは明らかに緊張しており、長嶋さんには特別な敬意を抱いていたようだ。

 実際、猪木さんは06年2月に、04年3月に脳梗塞で倒れ闘病中だった長嶋さんを激励するため、新日本プロレスのリングからメッセージを発した際に色紙をつづった。「ながい人生 がんばり励んで しんじた道に まいた種 しげみは広がり げんきよく おおきな夢をありがとう」。文頭の文字を並べると「ながしましげお」となる凝りようだった。

アントニオ猪木さんが長嶋茂雄さんに送るはずだったメッセージ(IGF提供)
アントニオ猪木さんが長嶋茂雄さんに送るはずだったメッセージ(IGF提供)

 ところが猪木さんは長嶋さんの容体に配慮し、本人に色紙を届けることを断念。猪木さんは22年10月に死去し、〝幻のメッセージ〟となったが、色紙は「燃える闘魂・アントニオ猪木展」などで展示されていた。その色紙は今、どうなっているのか?

 IGFによると、昨年5月3日に東京ドームで行われた巨人創設90周年記念特別試合「長嶋茂雄DAY」(阪神戦)の際に、「猪木は亡くなったので、もしよろしければお渡しいただきたい」と、IGFから長嶋さんの関係者に手渡されたという。当日は長嶋さん自身が東京ドームに来場していた。猪木さんが色紙に長嶋さんを元気づけるメッセージを記してから18年後、その思いはようやく本人サイドに届いていたのだ。

 長嶋さんがどう感じていたかは知る由もないが、プロレス界のスーパースターにとっても長嶋さんが特別な存在だったことは間違いない。