【キューティー鈴木・白い青春(8)】ジャパン女子プロレスに入門したものの、練習についていけず、落ちこぼれだった私は1986年8月17日の旗揚げ戦でのデビューはかなわなかったんです。その後の巡業も毎日雑用をしていましたが、ついに9月19日の徳島大会でリングに上がる時が来たんです。
その日も、いつも通り試合の準備していたら麻里ちゃん(プラム麻里子)から「今日、由美(キューティー)がデビューする夢見たよ。早くデビューできるといいね」って。私も「そうなったらいいね」なんて話していたら、リングをつくり終わった大会開始の3時間前に事務所の人から「今日デビュー戦だよ」と言われて。急に初戦が決まったんです。相手は麻里ちゃんでした。
デビュー戦は親も呼んで…なんて考えていたけど、徳島だし、時間的に間に合わないと思って急いで試合の準備を始めました。試合の直前まで不安だったけど、突然言われたせいかあまり緊張しなかったな。何よりやっとリングに上がれたことがうれしくて、楽しく試合できたんです。試合後ジャッキー(佐藤)さんから「よかったよ」と褒めてもらいました。
親にも電話でデビューを報告したら、すごく喜んでくれて。次の後楽園大会から、ほぼ毎回見に来てくれてました。念願のデビューはかなったんですけど、そこからが大変でした。次の試合から少しずつ緊張が出てきて、ジャッキーさんから「こんな試合に1円も払いたくない」とか「プロレスラーとして失格だ」と怒られてましたね。
新人として雑用をこなしながら練習と試合で怒られる日々。それから1年が過ぎた87年7月。いつもアドバイスをくれていたジャッキーさんが神取(忍)さんと戦った(※)後から試合に出なくなったんです。私はその試合でセコンドを務めていました。試合前から嫌な雰囲気はあったけど、まさかあんな殴り合いになるなんて。お客さんも静まり返ってました。試合の後も何が起こったかよくわからないまま、みんなで「なんか怖かったね」って泣いていた気がします。
次の大会で腫れた顔のジャッキーさんは欠場のあいさつをするためにマスクしてお客さんの前に出てきました。すごいプロ意識だなと思いましたね。結局私も周りのみんなも、なにがあったのか今もわからないまま。臆測ですけど(ジャッキーさんは)辞めるつもりだったのかなって…。その後も、このことについて尾崎(魔弓)とかと話すことはなかったです。ちょっと休んだら帰ってくるかなと思ったけど、その日が最後でしたね。
それからお客さん離れが加速し、私たちもアルバイトするしかなくなったんです。
※ 神取がジャッキーさんの顔面を殴るケンカマッチになった。最後は神取が腕固めで絞り上げギブアップ勝ち。













