ソフトバンクは19日に西武からFA宣言した山川穂高内野手(32)の獲得を正式発表し、入団会見を行った。ただ、山川本人と同席した三笠杉彦取締役GMに笑顔は一切なし。入団以前から猛烈な逆風が吹き荒れていたが、なぜ山川はソフトバンク入りを〝強行〟しなければならなかったのか。今回の移籍劇の背景には「亜大ルート」の存在も見え隠れしている。
通常の入団会見とは明らかに様相が異なった。金屏風もなければテーブルに花もない。そして最後まで笑顔も見られなかった。謝罪から始まった異例の会見。山川は入団の決め手をこわばった表情でこう語った。
「三笠GMとお話しした時に『絶対に優勝したい。一緒に頑張りたい。戦力になってください』と言ってもらえたことが心に強く刺さりました」
一方、三笠GMはトラブルとなった山川の知人女性との間で示談が今も成立していないことを認めながら、グループ全体のリスクを問われてこう回答した。
「いろいろなお声、評判はあることを前提としながら調査、本人が再起を期して野球に打ち込みたいと考えていること。ご家族のサポートもある。獲得反対の声はあるが、プレーをする機会をホークスとして与えたい。グループも含めてコンセンサスを得られたと思う」
とはいえ、山川の移籍や獲得には早くから拒否反応も広がっていた。それでもソフトバンクに入団したのはなぜなのか。
実は西武周辺では当初から「今回のFA移籍にはそのレールを敷いた〝後見人〟がいる。山川が大学時代に知り合い、その関係はプロに入ってから深まっていった。ホークスとの結びつきが強いその人との関係で、山川のソフトバンク入りは既定路線だった。4度目の本塁打のタイトルを取って堂々と移籍したかったのだろうが、シナリオを複雑にしてしまったのは山川本人の落ち度。仕方ない」とささやかれていた。
その〝後見人〟とされるのは、今年6月に19年間務めた亜大硬式野球部の監督を勇退した生田勉氏(57)のことだ。山川が富士大2年時(2011年)に出場した第38回日米大学野球選手権で侍ジャパンのコーチを務めていた生田氏とはその後も交流が続き、関係は深まっていった。14年の西武入団以降は本拠地の現ベルーナドームから程近い亜大グラウンドで毎年、山川が森友哉(現オリックス)や山田遥楓(現楽天)らを引き連れて自主トレをするのが恒例となっていった。
その現場には山川と同郷の東浜巨、嶺井博希(当時DeNA)や松田宣浩氏ら鷹ナインも自主トレを行っており、チームの垣根を越えた交流が生まれた。
今や山川の代名詞となっている「どすこい」も生田氏や亜大自主トレのつながりから誕生したもの。当時ホークスに在籍していた〝熱男〟こと松田氏から「ホームランを打った時にファンと一体となれるパフォーマンスをしたほうがいい」と進言されて生まれたものだった。
今年1月中旬に山川は大分出身の生田氏が福岡・吉富町で行った野球教室に東浜らとともに駆けつけるなど、もはやその関係性は恩師と教え子に近づいていた。
山川のソフトバンク入りはこの生田氏の教え子の多くがこれまで在籍し、フロントにも強いパイプを持つことから西武内でも〝暗黙の了解〟でもあったという。西武・渡辺久信GMが「結果的にホークスに行って敵にはなりますけど、これはもう彼が選んだ道。それを我々は尊重して彼にはホークスで頑張ってほしい」とはなむけの言葉を贈ったのは大人の対応だったと言えそうだ。












