巨人から戦力外通告を受けた田中豊樹投手(30)が現役引退を決断したことが9日に分かった。今後は球団が運営するジャイアンツアカデミーに活躍の場を移し、野球界に携わっていく予定。

 田中豊は2015年のドラフト5位で日本ハムに入団したが、19年に戦力外通告を受けて同年のトライアウトに参加。その後に巨人と育成契約し、翌年7月に支配下登録。21年には39試合に登板して防御率2・84とブルペンを支えた。

 今季は一軍で15試合に登板し、防御率は4・09。自身2度目となる戦力外通告を受け、現役続行を視野に再びトライアウトに参加。NPB球団との契約を待ったがオファーはなく、ユニホームを脱ぐ決断を下した。

 最速157キロの速球とタフネスぶりは、原辰徳前監督(65)からも大きな信頼を寄せられていた。前指揮官は救援陣の投壊が顕著だった昨季の春、右ひじのクリーニング手術明けでキャッチボールを再開したばかりだった右腕の名前を挙げて「豊樹はまだか! 豊樹を一軍に上げろ!」とファームに伝令。投球再開間もない投手を昇格できるはずもなく「幻」に終わったが、それだけ〝頼みの1枚〟とされていた。

 信頼を寄せていたのは指揮官だけではない。「トニキ」の愛称で親しまれた兄貴分は、巨人の後輩たちからはもちろん、古巣・日本ハムの後輩たちからは移籍後も愛されていた。7学年も下の吉田輝星投手(22=現オリックス)からは頻繁にこんな連絡も…。

「輝星とかは遠征のバスの中とかから『トニキ、今何してんすか~?』なんて突然電話をかけてくる。完全に暇つぶしのための電話で、多分自分のことを先輩だと思ってない(笑い)」(田中豊)

 原前監督だけでなく、生意気でかわいい後輩たちから信頼を寄せられていた右腕。「この先の人生は長いので、前を向くしかない。マイナスに考えることはない」とセカンドステージへの意気込みを明かしたが、新しい世界でも信頼を勝ち取っていくはずだ。