歯がゆさ、不甲斐なさを胸の内に秘め、トライアウトのマウンドへさっそうと向かった。ソフトバンクを戦力外となった高橋純平投手(26)。2015年「ドラフトの目玉」で3球団競合の末に鳴り物入りで常勝・工藤ホークスの門を叩いた。託された背番号「47」は、工藤元監督の代名詞。華やかな入団から8年、別れのあいさつを終え、本拠地を後にする背中には後悔の念がにじんでいた。
「在籍中、チームに貢献できたのはギュッと詰め込んでも2年にも満たない。特別な番号をもらったのに…」。入団の経緯を思い返し、申し訳なさが口を突いて出た。甲子園を沸かせ、高校日本代表のエースに君臨し、ドラフト直前に競合を回避した球団の存在を加味すれば、その素材に申し分はなかった。
プロ野球選手にとって、選択と結果はすべて自己責任だ。8年後の暗転――。突き抜けられなかった26歳は、こう振り返る。「8年という短い時間ですが、入団した時のプロ野球と今のプロ野球は大きく変化している。変わった野球にすぐにシフトチェンジできた人間が生き残る。途中で気づいて、理解はしていたけど、その中で自分がやってきたことって感覚だったりの部分が大きいウエートを占めていて、変わっていったプロ野球に対応するのが遅れたと思う。そのギャップに、あきらめではないけど、押し勝てなかった」。
置かれた境遇を飲み込んだ上で臨んだ今季だったが、思うようなアピールはできなかった。二軍の登板機会も徐々に減少。「球団の求めているニーズと自分の投球スタイルとか実績が違うんだろうなと受け止めていた」。120人以上を抱える四軍制のチームで、力を証明するステージはどんどん削られていった。
申し訳ない気持ちの一方で、芽生えた反骨心もある。常時150キロ以上のボールもある。チームで戦力外通告を受けた支配下選手で唯一、トライアウトに参加した右腕。
「ホークスでお世話になった方々に、もう一度グラウンドで会いたい」。後悔と葛藤を胸に、完全燃焼の場を求める思いは強かった。












