〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)が死去し、10月1日で1年を迎える。強烈な個性で人々を魅了し、最もモノマネされたプロレスラーだった。猪木さんは、自分を模倣する芸人とどう接していたのか。アントキの猪木(50)とアントニオ小猪木(52)から語られたのは、度量の大きいスーパースターの姿だった。
アントキの猪木が初めて憧れの猪木さんの前でモノマネを披露したのは今から30年前のこと。本格的にモノマネを始める直前の20歳のころ、加入していたファンクラブ「闘魂猪木塾」のイベントに参加した時だった。猪木さんは「こんなやつも出てきたのか。似てる」とニヤリと笑ったという。その後もイベントには一般会員として参加し、一ファンとして猪木さんと交流してきた。
「猪木さんは他のファンから『アントキの猪木ってモノマネをする人、知ってる?』と聞かれても、『知らない』って言ってたみたい。でも裏では本当によくしてくれた」。酒豪で知られる猪木さんと何度も酒を酌み交わした。「よく、白酒(中国の蒸留酒)を飲んだ。空になったらすぐ注がれてまた飲んで、のくり返し。結局2人で2本も空けたこともあった。とにかく楽しかった」と振り返った。
中でも忘れられない思い出は、自分の結婚記念日を猪木さん自らプロデュースしてくれたことだ。「ある年、レストランや旅館などを全てセッティングしてもらって、その通りにいろんなところに行った。全て高級なもので、お土産までつけてもらったんです。しかも行った先で支払いも全て済んでいた」。自分を受け入れ、豪快にもてなしてもくれた恩人に、アントキの猪木は「本当に感謝しかない」と思いをはせた。
アントニオ小猪木は「猪木さんが好き」という一心でモノマネを始めた。初めて酒席を共にした企業パーティーで、猪木さんの熱唱を聞いたことは強烈に覚えている。「僕の目の前で尾崎紀世彦さん(2012年に死去)の『ゴッドファーザー~愛のテーマ』を歌ってくれたことは忘れられない思い出」。猪木さんは歌手だった故快守さんを兄に持つが、歌唱力については「元気よく歌っていました!」と答えるにとどめた。
2人の共通する思いは、自分たちを温かく包み込んでくれた猪木さんの伝説をこれからも語り継ぐことだ。アントキの猪木は「これからの生き方という、永遠のテーマを掲げてくれる人。亡くなっても、猪木さんをなぞっていけば答えが出る」と、闘魂の継承を誓った。












