3年連続V逸が決まった巨人に伝説の「伊東キャンプ」復活を求める声が上がっている。12日の阪神戦(甲子園)は0―1で完封負けを喫し、優勝の可能性が完全に消滅。今後は下克上での日本一に望みをかけ、CS出場を目指す。そんな中、チーム内からは長期的視野から今オフに若手の底上げをさらに加速させる必要性が指摘されている。
完全に力負けだった。虎先発・西勇の前に岡田と秋広が放った散発の2安打。二塁すら踏めない低調ぶりで、最大の目標だったV奪回が127試合目にして砕け散った。
原辰徳監督(65)は「結果的にセカンドも踏めなかったでしょ。何とかしなきゃいけませんね」と話すと、しばし沈黙した後に「なかなか言葉が出ないね」とポツリ。ただ、3位・DeNAとは依然として1・5ゲーム差とあって「選手も開き直って思い切って暴れてもらいたいなと思いますね。可能性のある限りね」と奮起を促した。
CSからの下克上は本来の目標ではない。開幕前には山口オーナーから「優勝が必達目標」と厳命された。今季の阪神戦は5勝15敗1分けで借金10。戦力の底上げができなければ、来季も苦しい戦いを強いられることになる。そこで古参の球団スタッフから上がったのはこんな声だった。
「今こそ〝令和の伊東キャンプ〟が必要なのでは」
1979年にリーグ5位に終わった長嶋茂雄監督(現終身名誉監督)は当時としては異例の「秋季キャンプ」として静岡・伊東の地に若手の有望株を集めた。メンバーは江川卓、西本聖、鹿取義隆、角三男、山倉和博、中畑清、篠塚利夫、松本匡史ら平均年齢23・7歳の18人。山道を走り込み、泥まみれになる姿に「地獄の伊東キャンプ」と呼ばれた。
翌80年は3位まで順位を上げたものの、長嶋監督は退任。だが、81年に藤田元司監督のもとペナント奪回と日本一を達成。4度のリーグ優勝、2度の日本一に輝く80年代の礎となった。
「投手陣では先発・山崎伊が自己最多の9勝と成長。救援陣でもドラ3の田中千、ドラ5の船迫らが一軍で結果を出した。野手では高卒3年目の秋広、ドラ4の門脇らが初めて一軍シーズンを経験している。『鉄は熱いうちに打て』じゃないけど彼らにはこの秋が大事になる」(前出スタッフ)
CSや日本シリーズの日程との兼ね合いもあるが、基本は11月に伊東ではなく宮崎で若手を鍛えまくる。生え抜きの成長を後押しし、チーム強化への近道としたい考えだ。
もちろん故障してしまっては元も子もない。時代に合わせ、医学的な裏付けも駆使しつつギリギリまで追い込む〝令和の伊東キャンプ〟は果たして現実のものとなるか。













