激しい戦いが中心だった90年代の全日本女子プロレスにあって、明るさ満開のプロレスを展開したのが「女子プロレスの申し子」井上京子だ。
1988年10月10日後楽園の井上貴子戦でデビュー。90年にはブル中野率いる獄門党に加入して明るいファイトと同時にたくましさを増していった。91年1月にはブルのパートナーとしてバイソン木村、アジャ・コング組との敗者髪切りマッチで対戦。史上初のタッグでの髪切りマッチとなったが、勝利を収めた。この試合を機に一気に存在感を増すと翌年のジャパングランプリ91で1日3連勝を決めて優勝。一気にトップ選手の仲間入りを果たす。
体重100キロながらも卓越したプロレスセンスと独特の想像力は群を抜いており、インディアンデスロックを仕掛けながら観客に拍手を要求するパフォーマンスで会場を沸かせる光景は全女の名物だった。豪快なジャイアントスイング、時には鬼ごっこなどコミカルなファイトを展開しつつも、ナイアガラドライバーなど強烈な必殺技も豊富だった。
93年からの団体対抗戦時代にはJWPの尾崎魔弓、キューティー鈴木、デビル雅美らと激闘を展開。同年8月のLLPWのミスター女子プロレス・神取忍とのシングル戦は、異空間的展開となり、敗れるも好試合となった。94年10月には井上貴子とのW井上で、山田敏代、豊田真奈美組からWWWA世界タッグ王座を初奪取。W井上は同王座を3度戴冠した。
95年5月後楽園では豊田のWWWA世界シングル選手権に挑むも、両者ノンストップの展開の末に60分時間切れ引き分け。全女史上でも屈指の名勝負とされる。96年12月には豊田を撃破して、悲願のWWWA世界シングル王座を初戴冠。97年1月には井上貴との統一戦を制し、IWA世界女子、オールパシフィック選手権も獲得して史上初の3冠王となった。
97年8月には全女を退団してネオ・レディースを設立。NEO、フリーを経て現在はディアナの総帥として活躍を続けている。ちなみに2000年にはFMWにも参戦。理不尽大王・冬木弘道とWEWタッグ王座を獲得。冬木が「1シリーズで壊れるかと思ったけどとんでもねえ。京子は本物のプロレスラーだよ」と語っていたことを思い出す。現在54歳。いつまでも元気で「明るい京子」で暴れ回ってほしい。













