【取材の裏側 現場ノート】故アントニオ猪木さん(享年79)の生誕80周年イベント「燃える闘魂・アントニオ猪木展」(京王百貨店新宿店)が先週、大盛況のうちに幕を閉じた。全国から熱狂的な〝猪木信者〟たちが訪れ、ありし日の燃える闘魂の雄姿を懐かしんだ。

 最終日には猪木さんの実弟、猪木啓介氏がクロージングセレモニー出席のため来場。同展にはたくさんの猪木さんのパネルが出展されていた中、どれが最も印象に残っているか聞いてみた。

 啓介氏が「これですね」と即答したのが、猪木がストロング小林にジャーマンスープレックスホールドを決めている写真だ。1974年3月19日に東京・蔵前国技館で行われた、猪木 vs 小林のNWF世界ヘビー級王座戦。プロレス史上屈指の名勝負とされる一戦で、猪木はフィニッシュで師匠カール・ゴッチ仕込みのジャーマンを仕掛け、強靱な首だけで小林の巨体を支えて叩きつけた。その反動で両足が宙に浮いた、いわゆる「伝説のジャーマン」だ。

小林をジャーマンで投げる猪木「伝説」のブリッジ(1974年3月19日)
小林をジャーマンで投げる猪木「伝説」のブリッジ(1974年3月19日)

 試合中には激闘のあまり小林が失神。猪木がカツを入れ、試合を続行させたという壮絶な一戦だった。当時新日本プロレスの営業担当社員だった啓介氏によると、この試合はリング外でも影響力がすさまじかった。「この試合で新日本プロレスは初めて『億』の興行となったんです」。プロ野球巨人のスーパースター、王貞治氏の推定年俸が5000万~6000万円とされた時代に、猪木さんは「1億円興行」を成し遂げていたという。

 蔵前国技館に集まった観衆は、超満員の1万6500人。「初めは入れないお客さんが3000人くらいいて、国技館の周りに列をなしていたんです。ただ消防署が『これ以上は入れるな』と。でも消防署が帰った後、みんな入れましたけどね(笑い)」。プロレス黄金時代の「昭和」だからこそ許される〝笑撃〟のエピソードだろう。

 啓介氏は「僕の記憶にすごく残っている試合です。いい試合でしたね」。50年近くたとうとも、燃える闘魂が輝いた名勝負の記憶は鮮烈だった。